act.45 符丁
「離して!手を離して魚住さん!」
手首をしっかり掴まれたまま、恭子は魚住に引きずられるように歩く。
いや、歩くと言うより、小走りに近い。
嫌だと主張するように両足を踏ん張って見るが、魚住は止まろうとしない。
「きゃあ!」
逆につんのめってしまう。
「魚住さんっ」
「気をつけてください。転んでしまいますよ」
「・・・・・・・・・・・・・」
止まる気は到底無いらしい。
「どこに行くんですか?」
無言。
「それくらいは教えてくれてもいいでしょう!?どうせどんなに嫌がっても連れて行くくせに」
「・・・・・・・お館様がお待ちです」
恭子の身体に一瞬緊張が走る。
魚住に手を引かれていなければ立ち止まっていただろう。
「お父様?でも街に戻ったじゃない」
「すでにお戻りになっています」
「でも、大事な商談があるって・・・・・」
朝から出発したのでは、その予定の時間には間に合わないはずだ。
「そんな些細なことは問題ではありません」
「些細なことって・・・・・・・・」
恭子は困惑して言葉を切る。
「だって、お相手は『花岡屋』さんなんでしょう?うちが一番に取引してる反物屋じゃない。そりゃ、長い付き合いだから向こうの方だってわかってくださると思いますけど、でもお父様がそんな・・・・・」
―――父が、最近何を考えているのか、・・・・・・別人のように思えるときがあるんです
そう言ったのは、思ったのは恭子自身だ。
背筋がぞくりとして、それを押さえようと無意識に唾を飲み込んだ。
恭子の覚えている限り、宮園恭作は仕事上での約束事をとても大事にする。
どんな理由であれ、以前から決まっていた商談をすっぽかすようなことはきっとしない。
娘との約束があろうと、また自らの病を押してでも、商談だけは自ら執り行う。
要するに、仕事の虫。
小さなころはそのことで随分父親を嫌ったものだが、今ではきちんと理解している。
魚住は、急に黙り込んでしまった恭子を一瞥する。
引いている手に、きゅっと力がこもった。
「・・・・・・・・・そうよ、そうだわ」
恭子は、ぽつりと呟いた。
「お父様は、お母様が亡くなってから・・・・・・・・。そうよ、貴方がお父様の護衛についた時期からなんだかおかしくなってしまったんだわ」
「突然何を言い出すんですか。貴女は混乱している」
「いいえ。私は正気よ。知ってるんだから!私、貴方が魔法が使えるって知ってるんだから。裏庭で何かやってるの見たことあるんだから!」
「・・・・・・・・だからどうしたと言うのです」
「あ、貴方が・・・・・・・」
恭子は、ごくりと唾を飲み込んだ。
そして言い放つ。
「ドッペルゲンガーを召喚して、お父様と入れ替わらせたのよ!!」
魚住は、突然足を止めた。引っ張られていた恭子はぶつかりそうになって慌てて足を踏ん張った。
恭子の腕を掴んだまま、見透かすような目で彼女を見下ろす。
一瞬怯んだ恭子だが、間違いではなかったと逆に確信してしまう。
掴んだままの恭子の手から、小刻みに震えが伝わってくる。
視線を反らすことはかろうじてしていなかったが、しきりに瞬きをしている。
「思い出した、と言うわけではなさそうですね」
「・・・・・・・・・・・・え?」
魚住は、ふたたび恭子の手を引いて歩き出した。
そして、角を曲がる。
曲がり角の影に、眠ったままの吾郎がいたが、恭子は気付かなかった。
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