19歳の夏に、普通免許を取りました。
実は19歳の春に、中型二輪免許を取ったばかりだったのですが、その1ヶ月後くらいには、普通免許を取るために、教習所へ通っていました。なんとも非効率的な取り方ですね〜・・・同時教習なら、全然安くなると言うのに・・・
その年の夏休みに実家に帰省していたところ、高校の同級生で集まることになりました。その時、高校の頃仲良かった友達の一人が、何と峠仕様のAE86に乗って現れたのです。その助手席に乗せてもらって・・・すっかり四輪の世界にハマってしまいました。
四輪の魅力にハマり、車両を購入することにしました。
中古車屋を色々回って、候補を3車種に絞りました。G100SシャレードGT−TiとEP71スターレットSiと、AA34SカルタスGT−i。どれも車両価格49.8万円でした。
何も知らなかった私は、ノーマル状態では一番速いものの・・・もっとも競技に向かない、シャレードを選択してしまいました。しかも学生で貧乏なので、5年間のフルローン!(笑)
車が手に入り、早速峠走りを始めました。
当時は大阪の大学に通っていたので、ホームコースはもちろん、関西では最も有名なスポットの一つである、六甲山と再度山(ふたたびさん)でした。
だいたい2日に1回のペースで、バイトが終わっては、夜な夜な走りに行っていました。
ここでは、顔と車は知ってるけど、名前や素性の知らない仲間が、たくさん出来ました。
港のドリフトにも行ったなぁ・・・こんなとこ集まるのは、柄の悪いやつばっかりだと、世間の人は思うかもしれませんが、みんなフツーのやつばっかりでした。みんないい奴でしたよ。
特にマイナー車に乗ってると、同じ車に乗ってる奴に出会うと、妙に仲良くなっちゃうんです。みんな、今はどうしてるのかな〜。。。
峠は峠で楽しかったのですが、モータースポーツってのをやってみたくて・・・でも、レースはめちゃめちゃ金かかるらしい・・・ジムカーナってのがあって、これなら、自分が今持ってる車で参加出来るらしい・・・それは国内B級ライセンスを取れば出られるらしい・・・ってことで、講習会を受けて、取得しました。大阪の大東市かどっかで講習を受けたのですが、ジムカーナ系チームの主催でした。講習内容は、簡単なルール説明と、実戦についての雑談でした。
印象的だったのは、最後に「どのカテゴリーでやりたいか?」って、挙手によるアンケート取られたんですが、ほとんどの人が「レース」に手を上げたこと。
私はジムカーナに手を挙げたのですが、ジムカーナとかダートラに手を挙げた人は、ほんの数人だけでした。その後は、レースがいかにお金かかるかって話と、レースが資金的に無理だったら、ジムカーナにおいでって話でした(笑)。
Bライを取ったら、早速初心者向けのジムカーナイベントに通い始めました。ほとんどがライセンス無しでも出れる、クローズドイベントでしたが・・・
よく行っていたのが、ダンロップがやってた(今もやってるのかな?)、フォーミュラ・ジムカーナレッスン。練習走行が数本あって、全日本ドライバーの指導や同乗走行があって、あとは本番2本という内容でした。
でも、クローズドイベントとは言え、周りはみんな本気仕様のクルマなのよね。シャレードだと1リッターのターボ付なので、EF8CR−Xと同じクラスになります。
LSDも無い(メーカーのラインナップに無い)車乗ってるようじゃ、話になりませんでした。スターレットかカルタス買っとけば良かったな〜と後悔することになるわけです。GA2シティへの乗り換えも本気で考えましたが、もちろん貧乏学生には手が出ませんでした。買ったとしても、競技車なんて維持出来るはずもありません。
でもシャレードも、楽しいから好きだったんですけどね。
ちなみに、通ってたコースは、名阪スポーツランドでした。
ジムカーナを始めたとは言え、まだ学生という身分なので、そうそう高いエントリーフィーなど払えるはずもなく、まだまだメインステージは峠でした。
で、昔の峠でも今と変わらず、「FR至上主義」的な雰囲気があるわけです。私も、FRでのドリフト走行に憧れる一人でした。
シャレードはもうじき丸2年で、2〜3日に一度のペースで峠を走って、走行は85000km(買った時は35000kmでした)。
そろそろ車もくたびれてきたし、これを車検通すくらいだったら、安いFRにでも乗り換えたいな〜と思って、AE86を探し始めました。
しかし、安い86はなかなか見つからず、そうこうしているうちに見付けたのが、A175Aランサーターボ!しかも昭和62年式の最終型で25万円!!
プレイドライブ誌の個人売買コーナーで見付けたのですが、早速オーナーに電話して、三河安城まで見に行きました。
ダートを走ってる割には、結構キレイで程度も良さそう・・・と言うことで、即決しました。
ランタボは“どっかんターボで乗り難い”と言われますが、この前に乗ってたのが、たったの1リッターで105馬力を搾り出すシャレードターボ・・・ランタボに乗り換えると、「乗り易い車だな〜、こういうのを“扱い易いエンジン”って言うんだな」って思いました。なんか間違ってんな〜(笑)
ダートを走ってみたいな〜って気持ちは、ずっと前から持っていました。でも、どうやったらいいか、分からなかったんですよね。
で、会社に就職すると、同期入社の友達に千葉大自動車部員がいて、こいつがダートラやってるらしい。。。と言うことで、早速色々教えてもらいました。
ランタボの車検の時期が来たので、それを機にロールバーを入れ、改造車検を取りました。最近競技を始めた人は知らないと思いますが、昔はロールバーを入れたりスプリングを換えたりするだけで、改造車検が必要だったのです。その為に面倒な書類を書いて・・・
ロールバーを入れた後は、ガードを付けました。スプリングはノーマルでしたが、ショックがGABラリーだったので、足はこのままで走ることにしました。
取り敢えず、ダート走行が出来る車が出来上がりました。
JAF公認クラブに所属していなかった為、2度目のライセンス更新が出来ず、失効させてしまっていました、ダートラをやるには、当然Bライが必要ですので、また取りに行くことになります。
今度は、渋谷の東急ハンズの中にある会議室で開催された、講習会に行ってきました
今回はレース系クラブの主催でした。例によって、簡単なルール説明と雑談だったのですが、やっぱりレースは金がかかるという話で・・・ただ今回は、前回のジムカーナ屋の講習会の時と違って、選手(ドライバー)として続けていくのは無理でも、オフィシャル活動なんかでモータースポーツにかかわっていくのもいいですよなんて話でした。“これからやろう”って意気込んでる人たち相手に、夢の無い話だったな〜(笑)。
今は必ずしもチームに所属する必要はありませんが、昔はJAF公認クラブに所属しなければ、ライセンス更新が1回しか出来ないというルールがありました。そこで、どこのクラブに入ろうか、物色することになります。
会社の友達が「うちに入ればいいじゃん」なんて言ってくれたのですが、社会人でしかもOBでもないのに、千葉大自動車部に入るのもなぁ・・・ということで、まずはショップ系を当たってみることにしました。
ランタボのガードを購入した店が、今はなき「アンテロープ」。ここで相談してみました。
注文していたガードを受け取りに行った際に、「アンテロープ」オーナーの故香取恒治さん(全日本ラリースト)に、「どっかクラブ探してるんですけど・・・」と相談したところ、「クラブ?うちにもあるよ。お〜い!和子ぉ〜 (ベイスポーツは、当時は香取恒治氏夫人の香取和子さんが会長を勤めていた)!!ベイスポーツ入りたいって子が来てるよ〜!!!」てな展開に。「いや・・・まだ入りたいとは言ってないんですけど・・・」と思いつつも、ベイスポーツはダートラがメインのチームで、活発に活動しているようだったので、入会することにしました。
クラブにも入ったので、早速練習に誘ってもらい、初めてダート走行の練習に行くことになりました。コースはオートランド千葉第2コースです。土の広場にパイロンを立ててコースを作って走る、いわゆる“パイロンコース”で、初めてのダート走行にはまさにうってつけの場です。
初めてダートを走って・・・ハマってしまいましたね。だから今があるのですが・・・(笑)
この後もう1回練習に行って、ホントはこの翌年から千葉フレッシュマンダートトライアルシリーズ(通称千葉フレ)のFRクラスにデビューする予定だったのですが・・・事情により、いきなりしばらくお休みすることになります。
これからって張り切ってる時に、仕事で海外へ行くことが決まってしまいました。
と言うわけで、モータースポーツはしばらくお休みです。作ったばっかりのランタボは、17万円で売却。プレイドライブ誌の個人売買コーナーで買い手を見付けました。その相手が、物も見ないで買うって言ってくれて、しかも京都から千葉まで取りに来たのには驚いたけれど・・・ランタボ最終型で17万って、世間ではかなり破格の安値らしい。競技界じゃ“まあ、そんなもんじゃん”って値段ですけど。何件も電話かかってきて、こっちは“もう売れちゃった”って言ってるのに、“ランタボ最終型17万円って安いですよね〜。何でですか?”なんて聞いてきたりして・・・
海外行ってる間に、またまたBライ失効させてしまいました。で、帰国後、また講習会へ。今度は、アンテロープ主催の講習会で取得しました。取り敢えず今のところ、これが最後に受けたBライ講習会です(笑)。
帰国後も、もちろんまだダートラやる気だったので、車を買うことになりますが、BFMRファミリアを選びました。
ハイパワー四駆もいいかなって思ったのですが、いきなりハイパワーの車に乗ることには抵抗があったこと、それまでFRに乗っていたってことから、“なんちゃって四駆(なんちゃってFRとも言う?)”のBFMRを選択しました。
車両は中古車屋でノーマルを見つけてきて、新品のショックとガード、中古のデフとホイールを用意して、取り敢えずダートを走れるようにしました。
ファミリアで何度か練習した後、初めて参加したイベントは、1996年3月にオートランド千葉第2コースで開催された'96千葉フレッシュマンシリーズ第2戦で、全日本ドライバーの湯本敬選手のチーム“デビル・スポーツティーム”が主催するイベントでした。
この日はあいにくの雨。初めてのイベントで、ウェットの千葉2はキツイものがあります。田んぼの中を走るようなものですから・・・。
結果は・・・競技の洗礼を受けたって感じでした。2本目はガス欠症状が出て、まともに走ることが出来ませんでしたが・・・(笑)
ファミリアでダートラ始めて1年半。路面の悪いオートランド千葉で猿モードで練習したこと、更に“安い車なんだから壊れてもいい”と思って、路面悪くても構わず走りまくったことで、車はすっかりくたびれていました。・・・と言うか、既に壊れていました(笑)。
安いハイパワー四駆にでも乗りかえようかな〜と思い、CD5AランサーかN14パルサー(コイツは壊れると高くつくが)辺りを探していたところ、アンテロープの香取さんの仲介で、エボ1が見つかりました。
早速購入しましたが・・・最初は怖くてアクセル踏めませんでしたね(笑)。情け無い話ですが、エボ1に乗り換えた2週間後にイベント(千葉フレ)があったのですが、お休みしてしまいました(笑)。
エボに乗り換えて初めてのイベントが、9位で初のポイントゲット(10位以内に入るとポイントが付く)。ファミリアでやってた時は、ずっとビリ付近をうろうろしていたのに・・・
エボに乗り換えた年は、エボで参戦した千葉フレは3戦で、全部9位でした。
で、その翌年'98年の千葉フレ開幕戦。雪の降りしきる中でのイベントでしたが、5位に入り、初めて入賞し、表彰対象になりました。やっぱ表彰されるのっていいな〜って思いました。次は表彰台だ!って意気込んでいたのですが・・・
エボ1は、私が買った時点で既にかなり使い込まれたものだったのですが、それで私が路面の悪い千葉でガンガン練習したこともあり、ボディが終わってしまいました。スポット剥がれやクラックも目立つようになってきて・・・これを直すのは金かかりそうってことで、手放しました。ストリート系の人が、40万円で買ってくれました。
で、次の車の条件は・・・
で、見付けたのが、'97年式CJ4Aミラージュ・モンスターコンプリートダートラ仕様の競技未使用車。新車みたいにキレイな車でした
フジノ自動車(現スポーツオート)で見付け、最初は予算を遥かにオーバーしているので断念しかけたのですが、やっぱり競技未使用のダートラ仕様なんてなかなか無いと思い、2週間後“もう残ってないかな〜”と思いながら、またフジノ自動車へ。で、まだ売れ残ってたので、買っちゃいました。
車は手に入ったので、あとは軽くボディ補強入れて、タイヤ・ホイール用意して、スペアのドライブシャフトを用意して・・・エボを手放して約半年、またダートラ出来る環境になりました。
FFはつまんないとか、世間ではよく言われますが・・・私はそんなことは思いませんでした。FFと言えども、ダートでは滑りながら走るし、アクセル踏み込んだ時にフロントが逃げるっていう、その動きをコントロールするのが、今では快感ですよ。特に丸和を走るようになってからは・・・
関東で最も有名なダートコースと言えば、やっぱり“丸和オートランド那須”でしょう。
ここは、屈指のハイスピードコースなので、オートランド千葉に比べて、車の戦闘力の差が顕著に出ます。戦闘力のあるミラージュに乗り換えたしってことで、'99年は丸和のイベントにも出てみようかなって思っていたので、早速練習に行ってきました。
このコースは、直線はミラージュでも3速に入るので、最高速130〜140km/hくらいでしょうか。今まで体験したことの無い速度域だったので、かなりビビリが入りました。転倒車が出ると、そのコケかたの激しさに驚いたし。
高速域では低速域に比べ、ちょっとした車の加重移動が、車の動きに大きな影響を与えます。軽くアクセル抜いただけのつもりでも、すぐスピンするし・・・
最初は、コースに入ってスタートしてから、スピンせずにゴールまで帰って来ることが出来ませんでした(笑)。今まで自分がいかに雑な操作をしていたか、思い知ることが出来ました。
でも、初めての丸和は、とても楽しかったです。
ミラージュになって初めてのイベントが、'99年シーズンの千葉フレッシュマンシリーズ開幕戦でした。
クラスも4WDからFF1に変わって・・・4WDクラスのメンバーは、今までずっとライバルだった人たちなので、既にみんな顔見知りでしたが、FF1クラスは知らないメンバーばかり。4WDクラスの頃は、まあ、4WDクラスの戦いもシビアではあったのですが、FF1はシビアな戦いしてるな〜と、いつも思いながら見ていたので、多少不安ではありました。
ところが、思いもよらず2位入賞して、初めて表彰台に立つことが出来ました。やっぱり表彰台はいいな〜と思いました。たかがフレッシュマンでも(笑)。
この入賞で、表彰台の真ん中と、このシーズンでの千葉フレ卒業を目指して、更にやる気になったのでした。
何度か丸和を練習して、初めて丸和のイベントに参戦しました。丸和カップダートトライアルシリーズの第4戦。
結果は、丸和の洗礼を受けたって感じでしたね。何とブービーに3秒も離された、ブッチギリのビリ!
この結果はあまりに悔しかったので、それからちょくちょく丸和に通うことになります。
今年で卒業!と意気込んでいた、千葉フレッシュマンシリーズでしたが、なんとかシリーズ3位で卒業することが出来ました(3位以内に入れば卒業で、翌年からは参加できない)。ダートラ初めて4年目にして、ようやくでした。
2000年からは、JMRC関東戦と丸和カップと千葉県戦に参戦しています。千葉県戦は、全戦オートランド千葉で開催、丸和カップは全戦丸和オートランド那須で開催されます。JMRC関東戦は、丸和で開催のイベントのみ、参加しようと考えています。
どのイベントも、フレッシュマンに比べるとかなりレベルが高いので、なかなか大変ですが、練習してちょっとずつレベルアップを果たしていきたいと考えています。