2007年12月11日
リクルート活動の季節
毎年のことだが、新卒の採用活動の季節がやってきた。
人事の採用担当や各部門長が、採用活動にあっちこっちの地に飛んでいく季節である。
国土の広さや交通の不便さ等の問題から、日本のように一部大都市で就職セミナーを開けば多くの学生が集まるというわけでもないので、企業側がわざわざ遠方に出向いて就職セミナーを開くことも珍しくなく、企業のほうはけっこう大変である。
更に、内定出しても来ないかもしれない確率は日本よりも間違いなく高いので、更に大変である。
しかし、先日テレビのニュースでもやっていたが、今年は物凄い就職難だそうである。
数年前は、中国学生の就職活動は完全な売り手市場というイメージがあったが、年々状況が変化し、今では新卒の就職率は70%程度にまで落ちており、内定した学生も初任給が非常に安い例が少なくないとのことである。
確かに、旧正月休暇後の離職ラッシュも、年々状況が変わってきているような気がするが、これで少しでも状況がまっとうになり、流動性が収まることを期待している。
投稿者 りんくう : 08:55 | ビジネス | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年7月31日
新卒新入社員配属
本日、今年の新卒の新入社員が配属された。
日本では進学・就職は4月と決まっているが、中国ではこの時期が新入社員の入社時期である。
ほぼ全てが大卒で、職種は技術系と通訳。
採用の面接時に一瞬会ってはいるものの、今年もどんなのが来たか、楽しみである。
こちらの新入社員というか、若手社員は、日本よりも、とにかくお勉強好きが多いように思う。みんなとにかく熱心に勉強する。
なので、お勉強を必要とする色んなことに対する飲み込みが早い。
あと、人との交流がみんなとにかく好きなようで、出会ったその日から既に知っている友達のように見える。
一方、今がとにかく大事な彼らには「下積み期間」という概念がなかなか受け入れられず、経験を要する仕事をさばけるようになるに至るにはなかなかうまくいかないことも多いが、さて、彼らはこれから研修の旅に出かけた後、約1ヶ月後また戻ってきて各部署で業務を開始する。
いずれにせよ、今後が楽しみである。
投稿者 りんくう : 00:23 | ビジネス | コメント (2) | トラックバック (582)
2007年6月3日
海外駐在希望者増加傾向
先日うちの拠点に、今年の新入社員ご一行様十数人が見学に来た。
僕は直接相手をしていないが、彼らを相手にうちの拠点の説明をした上司の話によると、なかなか良い感じということである。
何が?というと、短時間での印象なので、大したことではないが、「十数人も相手に話をすると、だいたい中には数人寝てるやつがいるものだが、今年はみんな熱心に話を聞いていた。」ということである。大したことではないが、重要なことではある。
また、その新入社員たちと夕食を共にした同僚に聞くと、海外駐在を希望する人が非常に多いらしい。これは今年に限ったことではなく、ここ数年の傾向らしい。
とにかく「海外に出向したい!」というのが多いというのだ。
僕が入社した十数年前はどうだっただろうか・・・
まず、同期入社の仲間たちは、特に技術系は、とにかく海外に行かずに済むことを願うのが大半だったように思う。
「生産技術部門に入ると海外工場に行かされるらしい」「製品開発の仕事だと、あまり海外に行かずにすむらしいぞ」といった感じである。
確かに、目覚しい発展を遂げ、高層ビルが立ち並ぶ今の中国と当時の中国はあまりにも違う。当時は海外工場見学に中国を訪れた新入社員の多くが「こんなところで日本人が生活していけるのか?」「出向になったら会社辞めてしまおうか?」なんて言っていたものである。
自分も実は、できることならこんなとこ来たくないと思っていた。入社試験の面接では、「海外に駐在できますか?」と尋ねられ、言葉を詰まらせてしまったのを今でもよく覚えている。
その後数ヶ月の長期出張で、住んでみると悪くはないと思ったが、今回駐在を希望したのも、駐在したいということではなく、自分が企画立案した拠点の立ち上げに自分自身が行きたいと思ったからである。
昔とは正反対に、今はなぜ駐在したいという新入社員が多いのだろうか?
@他の会社も多くは海外に拠点を持つようになり、海外に駐在すること自体珍しいことではなくなった現在においては、海外での経験を積むこと自体重要なことであるという考えだろうか?
A更に、そういった状況においては、自分も海外の経験を積まなくては取り残されそうな気がするという焦りみたいなものもあるのだろうか?
B旅行代金の低下が進んだ現在においては、学生でも簡単に海外旅行ができ、海外旅行の経験からとにかく「外国」が好きになり、とにかく駐在してみたいということだろうか?
Cそれとも、自分のやりたい仕事の現場が海外にあるため、結果として「駐在したい」になったのだろうか?
いずれの理由にしても、駐在する機会が増えている現在においては、行きたくない人を行かせるよりも、行きたいと思っている人を行かせるほうが、その部分だけを取ってみれば、会社・本人の双方にとって良いことなのは間違い無い。
が、問題なのは、やはり駐在したいと言っている人たちが、どういう認識で駐在したいと思っているかである。
やりたい仕事があって、その手段或いは結果が駐在というのであれば良いが、例えば海外旅行をして海外に行きたいと思っただけだとしたら、「駐在」に対する認識をもう少し深めなくてはならないと思う。
なぜなら、旅行で海外に行くのと駐在で海外に行くのとではあまりに違うからである。
個人旅行で海外に行くのは、何が起ころうと全て自己責任であるが、社命によっての海外駐在となると、そうはいかない。
時には日本ではありえない私生活の細かいところまで会社でルールを定められ、行動を制限される。何かあっては会社の責任になる範囲が、日本にいる時よりも非常に広いのだ。家族が現地の環境に慣れられるか、学校や医療も安心できるかということも、重要である。
また、仕事においても、そう簡単ではない。
現地スタッフとの言葉の違いは当然であるが、習慣・考え方の違いがあり、日本では日本人同士で簡単にいくことも、なかなか上手く事を運べないこともしばしば。時には日本の常識とは全く異なる現地の法律や制度も立ちはだかる。
技術指導者や海外営業の一担当ではなく、管理職を務めるとなると、そのような環境のギャップの中で、人事的な方面まで管理しなくてはならないから大変だ。
当然、駐在の任務を与える側も、そういった面を考慮し人選をしているわけで、海外に行きたがっている人をピックアップしているわけではない。
周りを見渡せば、駐在したいと言っている人ほど、結局駐在していない或いは他の同期よりも出向時期が遅いという傾向も目に付く。
やはり「駐在すること」は駐在の目的ではないのである。
そうは言っても、海外生活への憧れを持ち駐在したいという人の気持ちも分かる。本気で駐在したいと思うなら、駐在したいことをアピールするのも良いが、この会社は海外にどういう機能を備えていて、駐在員にはどのようなスキルが求められているかを理解し、それを身に付ける努力が必要である。
また、仕事面のみならず、私生活にもどのような困難が付きまとうのか理解を深め、それに対する覚悟とそれに耐えうるものを備えることも必要である。
但し、海外で「活躍」と表現するに値するパフォーマンスを発揮している人たちの多くは、その困難をあまり表に出さない、中には傍から見ればそれを楽しんでいるかのように見える超越した域に達している人もいるので、その困難を知ること自体も意外と難しいかもしれない。
投稿者 りんくう : 12:23 | ビジネス | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年5月27日
すぐ話がこじれる人
他部署と調整事、或いは調整事とまでいかなくても、ちょっとした問い合わせをしても、すぐ話をこじらせて帰ってくる人がいる。
こういう人、職場で周りを見渡せば、必ず何人かはいるものである。
概ね本人いわく、「相手が聞く耳を持ってくれない」「相手がわけの分からないことを言っていて、話にならない」ということである。即ち、「相手が悪いからどうしようもない」ということである。
まぁ、本人の言い分を聞いている分には、確かにそういう気もしないわけではないが、果たしてそうなのだろうか?
このようなことをしょっちゅうやっている人は、実は自分が原因を作っている場合が多くはないだろうか?もしそうでなくて、例え相手が悪かったとしても、上手く話をまとめる術というのは、必ずあるはずである・・・と考えると、本人の立場からすると、やはり自分に原因があると考えるべきではないだろうか?なぜなら、「相手が悪いからしょうがない」と思った瞬間に、その仕事の進捗と共に、自分の成長も有り得ないからである。
その仕事の進捗に関しては、上司に間に入ってもらうことで、もしかしたら何とかなるかもしれない。しかし、そんなことを繰り返していては、自分の成長が無いばかりか、自分に対する周囲の評価が「コミュニケーション力が無い奴」「仕事に必要な人間関係を形成できない奴」となっていくばかりである。
まず考えるべきことは、当然、
・何が原因で話がこじれたか?
ということであるが、その際重要なのは、以下の2点である。
・自分が話をこじらす原因を作っていないか?
・やはり相手が悪いとしても、話をこじらせずに事を進める術はなかったか?
即ち、相手の問題ではなく、自分の問題として考えることが重要である。その理由は前述の通り、自分の問題として捉えねば、その後の進歩は有り得ないからである。
それに、周りを見渡せば、正反対にどんな気の短い怒りっぽい相手とも、いかなる調整ごとも上手く進めてしまう人というのは、ある程度はいるはずである。そこまではいかなくとも、10年選手ともなれば、ある程度はそういった術を身に付けているのがふつうである。そういう人たちとは何かが違うはず・・・と考えると、ますます自分の問題として捉えなくてはならないのである。
自分が話をこじらす原因を作っていないか?・・・だいたい、話が感情的な方向にいくのは、ほんのちょっとした、些細なことから始まる事が多い。
・ちょっとした言葉の選び方の違い
・ちょっとした言い回しの違い
・メールでの表現のし方
ほんのちょっとしたことである。メールのほんの一言が赤字で強調されているだけでも、それだけで相手をカッとさせることもあるのである。それに気付くかどうかがとても重要である。いつも話をこじらせている人のメールを見ていると、書いてあることはもっともであっても、「この書き方、本人はそんなつもりないんだろうけど、なんかイヤミな感があるなぁ」とかいうのが多い。
「フツーの人ならどう感じるか?」に加え、「相手の性格や行動特性を考えれば、どういう文面にすべきか?」ということを考えるのも、重要である。時と場合、相手により、通信手段から、その通信手段の中での表現のしかたを、うまく考える、使いこなすということが、非常に重要であるが・・・それがうまくできなく、且つまだ自分で必要性を感じていない(即ち相手が悪いと思っている)とすると、「だって僕のメールには必要なこがきっちり書いてあるじゃないですか!何か間違ったこと書いてますか?」という主張を繰り返すばかりになってしまう。
仮に、よく原因を考えてもやはり相手が悪かったとする。それでも、うまく話をまとめる方法というのは絶対にあるはずである。
前述の通り、職場の中には、相手がどこの誰であっても、それなりにきっちり話をまとめて帰ってくることができる人というのが必ず何人かいるものである。
重要なのは、そういった人たちとの違いを考えること。
その人は「○○さんだから」とか「チーフだから」というのは、全く無いとは言わないが、ある程度の職位の者が介入せざるを得ない人事系の話とか大きな意思決定の話ではない限り、それは理由にならないはずである。
これも、前述の例のように、ほんのちょっとのコミュニケーションスキルの差によるものである場合が多い。
ほんのちょっと謙虚に下手に出られるか、そう言ったものの言い方を使いこなせるか、そうしたほんのちょっとの差だったりするのである。
本社と駐在地の上司と現地スタッフとの間に挟まれた駐在員たちに囲まれて仕事をしていて(自分もそのうちの一人だが)、つくづくそんなことを考える今日この頃・・・
投稿者 りんくう : 23:03 | ビジネス | コメント (1) | トラックバック (567)
2007年5月22日
会議の運営
会社勤めをしていると、会議なるものがやたらと多い。
会議に参加・・・本来必要だから会議を主催或いは会議に参加している筈なのだが、会議だらけであることに、時間の無駄を感じたことはないだろうか?
これは、会議の主催側に問題がある場合が多い。
会議というものは本来、
・その会議で話し合われるべき各議題
・それぞれの議題における論点
・それぞれの議題に期待する結果
・それぞれの議題の予定時間
が、事前に明らかにされていなくてはならない。
主催者は、各参加者が事前に何を準備してその会議に臨まなくてはならないのか整理したうえで、その準備が確実に行われるよう、手配しなくてはならない。
議題における論点というのは、それぞれの議題において、何が問題となっているかということである。
期待する結果というのは、その議題について話し合った結果、何かが決まっていなくてはならないのか、単に報告・情報共有できていれば良いのか、ということである。
本来これらの準備がしっかり行われた上で、会議というものは開催されるべきであるが、参加していて時間の無駄を感じる会議というのは、だいたいこういった事前準備ができていない。
ありがちな例として、
・問題が発生
・「問題が発生したので、会議をしよう」程度のノリで、その問題に対し関係する部門、何か解決策のヒントを持っていそうな人が全て集められる
・関係部門のマネジャーは「取り敢えず」自部門の担当者も連れて来るので、気が付くと大人数になっている
・会議は「こういう問題が起こりましたが、どうしましょう?」的なノリで始まる
・皆が思いついたことを色々発言する上、論点やその会議で期待する結果も明らかにされていないので、話があっちこっちに飛ぶ
・且つ人数が多過ぎるので、あっちとこっちで違う話をしている
・そうこうしているうちに数時間が経ち、時間もなくなったので、なんとなく目先やることが半ば強引に決められる
・会議が終わって気が付いてみると、何も発言していない人が半数以上
会議に召集する対象者を決定する時も、その人が会議に参加することで何を期待するかをしっかり考えなくてはならないが、「取り敢えず」呼ばれることがとても多い。
主催者も、議題・論点から話が反れないように、且つ時間通りに纏まるように、しっかりとマネジメントしなくてはならないが、それが行われない場合が非常に多い。最悪なのは、エラい人たちがしゃべり始めると、後はエラい人たちに任せてしまおう的なノリで、自分は隅に引っ込んでしまう主催者。
が、製造業の場合は自分の会社を見ても、お客さんとミーティングしてみても、こういったスキルを持っている人、こういう気を遣って会議を運営している人は決して多くは無いように思う。
会議運営スキルが向上すれば、業務効率が相当向上するのは間違いないはずなのだが・・・
投稿者 りんくう : 08:46 | ビジネス | コメント (2) | トラックバック (554)
2007年5月15日
ロジカルシンキング(3)
論理的に物を考えると言っても、仕事の上で実践するのは、なかなか難しいものです。
ツリーで考えるとか、帰納法だとか演繹法だとか、知識として得ても、それを実際に仕事で使うとなると、なかなか難しいものです。
特に論理展開を意識して事を進めなくてはならないのは、
・物事が上手くいっていない時に「何が問題か?」を整理する時
・その問題に対し、「どういう手を打つべきか?」を纏め上げる時
・他人に対して何かを提案したり、やってもらったりする時
などではないでしょうか。
ここで、論理を欠く進め方をしてしまうと、
・「何が問題か?」を正確に捉えられず、的外れな所に手を打ってしまう
・手の打ち方の方向性を誤り、無駄な作業をおこなってしまう
・提案に納得感が無く、受け入れてもらえない
ということになってしまいます。
では、どうやって論理展開していくか?
僕の場合、
・まず、ひたすら起こっている事実を出し切った上で整理する
・ある程度出し切った上で、感覚的にその時点での結論を設定する
・それぞれの事実から、何が言えるか、或いは複数の事実を組み合わせると何が言えるか考え、論理のツリーを組む
・「これとこれと、あともう一つこういう事実(A)があれば、こういうことが言えるんだけど」という場合、Aがあるかないか調査をした上でその情報を追加する
・それを繰り返し、結論に近付ける
・論理を組む中で、最初に設定した結論が言えなくなった場合は、それを修正する
・と、これを繰り返し、結論にまで繋がったツリーを組む
というような作業をやります。
道具としては、パワーポイントがお気に入りです。テキストボックスとコネクタを使えば、簡単にツリーを組んでは修正してという作業を行えます。
と、ここまで書いても、文章じゃなかなかイメージが沸き辛いと思ったので、例を貼り付けました。
さすがに仕事の資料を貼り付けるわけには行きませんので、某ビジネススクールに通っていた時の宿題の答案を貼り付けてみました。完全なツリーにはなっていませんが。
テーマは、キシリトールガムが世の中に出るまでのケースを読んで、あなたなりの製品コンセプトを作りなさいというものです。
答案の左端で、ケースの中に出てくる、色んな事実を一つ一つ書き出した上で一所懸命整理しています。
カテゴリ別に整理した上で、右に行くにつれ結論に近付け、最終的に4つの製品案を導いています。
これは比較的簡単な例ですが、例えば仕事の上で何かシステムを導入したいという提案をするときなどは、同じような感じで「今何が問題か?」「その問題に対してどういう手を打つべきか?」即ちなぜこの提案に至ったか、なぜこの提案を実行しなくてはならないかを纏め上げるようにしています。
投稿者 りんくう : 00:14 | ビジネス | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年5月5日
ロジカルシンキング(2)
さて、同タイトルの前回記事の続きです。
論理展開をしっかり組み立てて物事を説明しなければならない状況にあるということを理解してもらったところで、どうやって論理展開をしっかり組み立ててもらうか?組み立てられるように鍛えるか?
勉強・訓練してくださいというよりも、これはもう、上がってきた資料に対して論理の隙というか、できていない部分に対して突っ込みまくるしかありません。
クリティカルシンキングの授業と同じですね。
だから何?それで何が問題なのか?なぜそういう結論になるのか?
それよりも、目的と検討結果、結論が対になっていないという、それ以前のレベルのものが非常に多いので、まずそこからの突っ込みになることが多いです。
例えば、目的では「○○ができるかどうか確認する」ということを言っているのであれば、結論はまず「できる」或いは「できない」を述べなくてはならない筈なのに、なぜかそれとは全然違う一見わけの分からないことを述べているとか・・・
クリティカルシンキングの授業を「辛いもの」と認識している人が多いように、こういう、突っ込んでは答えさせて直させて・・・の繰り返しは、本人にとっては結構辛いものかもしれず、相手によっては「そんなの最初からわかってるじゃないか」とか「それはこっちにそれとなく書いてある」とかいった逆切れを招く可能性も多々あるので、そこはその仕事において最低限求めるレベルと、その時点での相手の実力と性格を勘案しながらやらなくてはならず、それは結構・・・というか、かなり気を遣う作業です。
その効果も・・・人によって様々です。
ケースを経て毎回レベルが上がってくるのもいれば、自分の資料の論理の隙を突っ込まれるのは、前述のように、ある意味辛いものですので、それを面白くないと思いながら言われるままに直してくるだけでその後も一向にレベルが上がらないのもいたりして・・・
後者の方はどう諭していくか・・・これも毎度気を遣うところです。
投稿者 りんくう : 07:49 | ビジネス | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年4月30日
ロジカルシンキング(1)
物事を論理的に考えることはとっても重要・・・
よく聞くようなフレーズです。これは口で言うのは簡単ですが、実行するのは難しいものです。
僕は技術の仕事を離れてから、主に業務改革のプロジェクトの仕事を4、5年やり、その後自分で企画した拠点の立ち上げのために中国に赴任してきました。
技術の仕事を離れてから、とにかく人に提案し、理解を得、或いは上級管理職から正式な承認を頂いた上で実行に移すという繰り返しのため、物事を論理的に説明しなくてはならない機会がとにかく多いです。
・なぜ今の状態が問題か?
・今の状態のどこが問題か?
・それをどう変えなくてはならないか?
・なぜそうかえなくてはならないか?
・そのために誰に何をしてもらわなくてはならないか?
といったことを、とにかく納得感があるよう、論理を組み立てて説明しなくてはなりません。
慣れない頃は、論理展開が不十分だったために相手にやっつけられて帰ってくることも多々ありました。
なんとかうまくなるために、もちろん日々の仕事の中でも考えますが、本を読んで勉強したこともありますし、ビジネススクールに通ったこともあります。MBAのコースでは、ケースに入る前にまず初めに論理的思考の訓練を徹底的にやらされます。いわゆる「クリティカルシンキング」というやつですが。
今は中国に赴任して、新たな拠点を立ち上げ、技術部門の実務を動かしながら、課を運営していくという立場ですが、これまで鍛えてきた(とは言ってもまだまだですが)論理的思考力は色んなところで非常に役に立っていると思います。
新拠点の立ち上げですから、特に本社との調整において発揮できる機会が多いですが、最近特に思うのは、クリティカルシンキング・ロジカルシンキングはべつに経営企画やマーケティングのみではなく、技術の実務の色々なシーンにおいても重要だということです。
まぁ、技術の仕事だって論理的に物事を考えなくてはならないのは当たり前と言えば当たり前で、今更な話なのですが、経営戦略やマーケティングの勉強・・・いわゆるMBAのコースにおいては徹底的に鍛え上げられるのに対して、フツーに理系の大学に入って卒業研究やってメーカーに就職して技術の仕事に就いた・・・という人の中には、論理的思考を鍛える機会になかなか恵まれない人が多いのではないでしょうか?
何が言いたいかというと、技術の仕事こそ、論理をしっかり組み立て結論に結び付けることが大事なのに、それが上手くない人が意外と多いように思います。
僕の場合は、入社間もない頃からクレーム対応、しかもこちらから納めた製品は良品だけれども、お客様が不満を感じている・・・つまり、お客様の製品において改善を施してもらうか、うちの製品に手を入れて対策を施すか、或いは他の手を使って解決するか・・・ということを考え、お客様に提案しなくてはならない立場にあったため、嫌でもしっかり論理を組み立てて人に説明しなければならない環境にあったことと、なんと言っても、その後の業務改革の仕事で、論理的思考を鍛える機会を多く得られたように思います。プロジェクトリーダーやメンバーに非常に恵まれて、日々鍛えてもらったということもあります。
さて、自分の今の職場環境ですが、自分は課の責任者として本社や色んな部門と調整する機会が多いのは当然として、且つ部下や後輩にやってもらわなくてはならない機会が多いのですが、そういったときに、論理展開をしっかりして仕事を進めてもらうのが、なかなか難しかったりします。
問題として、
@論理展開をしっかり組み立て説明しなければならないシチュエーションにあることを本人自身が自覚しているか?
A論理展開をしっかり組み立てるスキルを持っているか?
実はA以前に@ができていないケースがとっても多かったりします。
@ができていればAを鍛えるチャンスもあるのですが、まず@を理解させることが非常に大変だったりするのです。
技術的な話である場合はまだ良いですが、関係部門と調整して業務のやり方を変えたり、本社や他部門にデータベースを開示してもらおうとか言う場合。
「なぜそうしなければならないか?」「なぜそれをやってもらわなくてはならないか?」「なぜ我々がそれを必要としているか?」ということを、論理展開をしっかりして納得感のある説明をしなくてはなりません。相手には、工数や費用を投じて業務プロセスを変えたり、今まで開示していなかったところに情報を開示したりしてもらわなくてはならないのですから。
上級管理職の承認を必要とするような場合は、特に重要です。実務の詳細を知らない相手にしっかりと説明し、承認をもらわなくてはならないわけですから。
@がしっかりできていない場合、指示したこちら側にどういうリアクションが返ってくるかというと、
・そんなの今更説明しなくても、この仕事をやるのに必要に決まってるじゃないですか!
・そんなの今更説明しなくてはならないなんて、○○部長は実務の詳細をもっと知るべきだ
・お金がかかると言っても物凄い高額なわけでもないし、実務を行う部門が実務を進めるのに当たり前に必要と言っているのだから、それだけで承認してくれてもいいじゃないか!
といったところです。
まず、上級管理職が実務の詳細(各実務担当者が個々の業務を進めるにあたり、どういう手順でどういう作業をしているか)など、知らなくて当たり前です。
更にその上級管理職の承認を得るにはしっかりと説明する必要があるということも当たり前のことです。
下々が「欲しい!」と言ってきた物を何でも与えてしまっていては、「必ず必要」なものだけではなく、「無くても良いけれども、無いよりはあった方が便利」なものがどんどん増え、会社のリソースの浪費が増える一方になるのは、まず間違いありません。
まずそういったことを理解してもらうところから始めなくてはなりません。これはもう前述のようなことをとにかく言って聞かせるしかありません。
相手に論理的に説明する必要性を理解してもらったところで、次に論理的思考を鍛えてもらわなくてはなりません。
さてどうやって鍛えるか?
お金をかけてビジネススクールへ行ってクリティカルシンキングを受講してこいという訳にもいきませんし、今目の前にある仕事・調整事もすぐにこなしてもらわなくてはなりません。
さて・・・
今日はちょっと長く書きすぎたので、続きはまた次回ということで。
投稿者 りんくう : 09:48 | ビジネス | コメント (2) | トラックバック (549)
2007年4月29日
採用
人材市場でのリクルート活動が功を奏し、なんとか技術員3人と事務員1人を確保できました。
・先日面接した中から、技術員3人と事務員2人の採用を決定し、本人へ通知
・技術員1人には採用を通知したものの断られ、補欠で別の1人の採用を決定し、この時点で技術員3人が確定
・事務員1名には採用を通知したものの断られたが、同じ日に面接した他の2名はペーパーテストの成績がひどかったため(特に英語が話にならず、0点に近い出来)、事務員は今回の採用は1人のみとし、継続して募集をかけることにした
ということで、今回採用を決定した人たちの入社日は5月10日に決定。
まだスタッフの中には、誰々が辞める辞めないの噂が絶えませんが、纏まった数の人材を募集するときは、今後も人材市場を活用することにしよう。。。
投稿者 りんくう : 20:20 | ビジネス | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年4月22日
人材市場
職場のスタッフは減る一方なので、早めに補充しなくてはならないと思いつつ、インターネット広告だけではなかなか志願者が現れないので、人材市場に採用活動に出かけることにしました。
丁度この時期、広州と東莞で、業種毎の大規模な就職セミナーが開かれていましたが、今回は東莞のイベントに参加することにしました。
その理由は、
-広州だと、他の世界的有名企業群に圧倒されそう
-東莞だと参加者の目標地点はまず東莞
-うちの会社は東莞だとそこそこ有名なはず
-東莞だと、そのまま参加者を連れ去って、会社で詳細な面接や試験を行うことも可能
ということで、まぁ今回はこの手のイベントに初参加ということもあって、東莞のほうに参加することにしました。
僕と部長、通訳二人、人事担当者の計5名での参加です。
広州から朝6時半に出発し、8時半に皆さんと待ち合わせ。
イベント会場は「智通人材市場」です。
中国では、日本で言う「ハローワーク」を「人材市場」といいいますが、日本のハローワークのように求人資料が沢山あって職員が紹介してくれるというサービスの他に、企業が一角のブースを借り切って、そこで採用活動をすることもできます。
今回は「技術職」限定のイベントということもあって、多くの企業が参加していました。
実は、写真のような小さなブースになっている会場の他に、個室の会議室になった部屋と、またその更に上のグレードの「貴賓室」なるものもあり、今回はもともと貴賓室でない会議室タイプを取ろうとしたのですが、既に予約が一杯で、写真のような小さなブースを3つ借り切ることにしました。
準備を済ませ、9時頃から受付スタート。
9時半頃には職を探す人であふれ、写真のような状態になります。
この中で行列ができ、一人一人簡単な面接をこなしていくのですから大変です。
中国は旧正月後が最も人材の流動が激しい時期なので、この時期は特に職を探す人が多いのです。
一人一人簡単な面接を済ませ、そこそこ印象が良かった人には午後また来てもらい、全員会社のマイクロバスに乗せて、そのまま会社に連れて行きました。
そこで、会社紹介の後、ペーパーテスト、面接と進んで・・・約20人も連れて行ったので、全て終わった時には、もう夕方の6時半になってしまっていました。
さて、この中から数人ピックアップして、何人来てくれるか・・・
今日一日は大変でしたが、それでも、インターネットに求人広告を出してただ待っているよりは、遥かに効率的なのは間違いありません。
投稿者 りんくう : 23:55 | ビジネス | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年4月9日
また離職者
今日一日で2件。旧正月明け4人目。
今日の2人のうち、一人は作業員なのでまぁ想定内なものの、もう一人の技術者は痛い。
新卒で入社して3年目で、中国の若者世間一般的にはそろそろ「環境を変えよう」と転職を考え出す時期ではあるが・・・
ムダなのは分かっていつつ、軽く慰留してみるがやっぱりダメで、さぁ、これからまた採用活動・・・というか、先日の1名の補充もできていないので、早くしないと。
面接してもなかなかいいのがいなかったり、いても逃げられたりと、なかなかうまくいかないなぁ。
作業員は、今日も会社の正門前に就職希望者がうじゃうじゃいたが、技術者はなかなか・・・
投稿者 りんくう : 23:39 | ビジネス | コメント (0) | トラックバック (0)
2006年10月27日
3ヶ国語会議
今日は午前中、とある会議に参加。
参加者は、日本人数名、中国人数名、香港人数名。
普段最も多いのが、日本人と中国人が混じっているというシチュエーションだが(これは日本人が普通話を喋るだけで言葉の問題は解決する)、これにもう1ヶ国増えると、更にややこしい。ちなみに、その日本人、中国人、香港人の内訳は、
・日本語以外はからっきしな日本人1名
・普通話が流暢な日本人が2名
・英語が流暢な日本人が1名
・普通話が流暢で、且つ英語もそこそこできる日本人が1名
・英語と広東語がそこそこできる日本人が1名
・英語ができる香港人が1名(香港人の母国語は広東語)
・英語と普通話ができる香港人が2名
・普通話と広東語ができる中国人が2名
・普通話と貴州話ができる中国人が1名
・・・・
もうわけが分からない。
結局会議は普通話メインで日本語と広東語と英語も飛び交うという状態で何とか進んだ。
こういう状況で共通の言葉を持てていないというのは、やはりこの会社が真の国際企業になるためには大きな課題だとつくづく思う。
前述のような3ヶ国以上混合状態になると、やはり英語しかないだろう。
今回の例は日本人・中国人・香港人という組み合わせだが、今後、それに欧米販社の営業マンが加わるとか、ベトナム工場の人員が加わるとか、また中国の顧客であっても欧米の本社、或いはそのまた顧客が加わるということも大いに考えられるとすると、やはり英語だろう。
今、うちは課の方針として日本人も中国人も、会話は普通話、文書は英語というスタイルを貫いているが、徐々に会話にも慣れていかなくてはならないかなぁと思う今日この頃・・・そのまえに、自分の英語を何とかせねば・・・文書は毎日のように書いていても、会話はからっきしなのは相変わらずだし。
投稿者 りんくう : 21:03 | ビジネス | コメント (925) | トラックバック (163)
2006年4月23日
中国の人材流動性について思うこと
中国の人材の流動性が非常に高いのは、非常に有名である。
彼らは、ちょっとした理由で、簡単に会社を辞めてしまう。
・もともと自分が望んでいた仕事が与えられず、仕事が面白くない
・給料が自分の理想よりも少ない
・1年同じ会社で働いたので、もう十分だ
・同じ仕事を続けていても、自己発展は望めない
などなど。
日本でも最近は、終身雇用なんて考え方は過去のものになりつつあるが、それでも、新卒で一度そこそこの会社に入ってしまえば、そう簡単に辞めてしまうひとは、そんなに多くは無いはずである。また、会社に入って一人前に仕事が出来るようになるには、それなりの知識や経験が必要で、それを得るにはそれなりの時間が必要だということも、みんな認識しているはずである。
こっちで現地の色んな人と話をするに、中国で4年制大学を出た人というのは、日本のそれよりも遥かに「エリート」であることが、一因なのではないかと思う。
彼らは我々日本人が想像する以上に、遥かに「エリート」なのである。
したがって、
・そんなエリートが生産現場や研究開発の現場でモノを触って手を汚すような仕事をする筈は無い
・やったとしても、そんな仕事は数ヶ月で一人前にこなせるようになり、すぐ人を使い、上がってきたデータやレポートだけを見て判断し、部下に指示を出す立場になれるはずだ
みたいな認識が殆どの人に少なからずはあるようである。
実際に、彼らがイメージする「高級技術員」は、まさにこういったイメージのようである。
だから、モノをいじるような仕事が数年、いや、早い場合は半年も続くと、この先自分の発展はありえないと思い込み、辞めてしまうのである。そこから得る知識や経験が無ければ、何も始まらないと考える日本人とはかなり異なる。
しかも、上の立場になればなるほど、仕事が楽になるというイメージも持っており、そこに非常に大きな責任や、面倒な部門間の調整ごとが付いてくるというイメージも無いため、そういう立場になったらなったで、仕事のプレッシャーがきついなどと言って、あっさりと辞めてしまう。
なぜそういうイメージを持っているのか?非常に不思議だが、過去の(或いは現在も?)国営企業では皆実際にそうだったのかもしれない。
でもそれでも、モノ作り、モノをいじることに興味を示し、書類やデータを整理している時よりも、そっちのほうが楽しそうな人も少なからずいるし、そのままそこそこ定着してくれそうな人もいる。
全ての人が流れていく中で、どうやって仕事を回していくかという考えもあるが、それではなかなか全体のレベルを上げることは難しいので、多くの人が流れていく中で、根気強く、そういった人を残していくしかないんだろうなと、最近は思い始めている。
投稿者 りんくう : 10:54 | ビジネス | コメント (759) | トラックバック (203)