2008年9月25日
マイナーな車
外国にいると、日本では見ないような色んな車を見かけます。
この国がそもそもアメリカに次ぐ第二の自動車大国になったということで、世界各国色んな自動車メーカーが参入しているというのが最も大きな理由ですが、世界の有名な自動車メーカーの車をまんべんなく見かけるというのは、まぁ、わかります。日本の各メーカーやアメリカビッグ3、プジョーやルノー、フォルクスワーゲンにベンツにBMWなど・・・
その他、中国の国産メーカーは様々です。
しかし、中国で意外と見かけるこの車・・・一昔前のWRC(世界ラリー選手権)をご存知の方ならきっと知ってるこの車、フォルクスワーゲン傘下のチェコのメーカー「SKODA」の「OCTAVIA」です。
WRCに参入したものの、大した戦跡もあげられずに撤退に至った、あの車です。
こんなマイナーな車、一体どんな人が買うんでしょうか・・・車自体に特に個性も見当たらないし・・・
でもこれが、意外と街で見かけるんですよね。
投稿者 りんくう : 23:54 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2008年1月8日
A60 セリカXX 2000GT
メカドックで好きになったクルマの最後はセリカXX。
セリカXXは、セリカの6気筒モデルで、この2代目セリカXXを最後にスープラという名前に代わりました。
アメリカではXXとは成人映画を意味するということで、英語圏ではこの2代目セリカXXもスープラという名で売られていたそうです。
このクルマは、メカドックでは公道レースで活躍します。
最後はゴールと共にエンジンブローで力付きますが、2ドアでリフトバックでリトラクタブルヘッドライトで・・・こういったいかにもスポーツカーって感じのスタイルが好きでした。
流面形の今時のスポーツカーよりも、スポーツカーって感じがします。
このクルマ、僕が初めてのクルマを購入する時に、候補の一つに挙げていました。
当時既に2代も型落ちだったこのセリカXXは、中古車店で結構お手軽な価格で購入することができました。
またスカイラインRSと同じFJ20エンジンを積んだS12シルビアも同じくらいの価格帯で、候補に上がりましたが、結局あれこれ考えた挙句、憧れのクルマは憧れのまま封印し、いわゆる「ボーイズレーサー」を選択、シャレードを購入したわけですが、モータースポーツ入門という意味では間違いの無い選択だったと思います。
とにかく、この頃は個性溢れるクルマがいっぱいだったと思います。
経営戦略がどうとかマーケティングがどうとか、売れる商品かどうかとかに、今ほど縛りが無く、株主の顔色も今ほど伺う必要もなく、技術者が自分の思いをぶつけたクルマを商品化できる時代だったのだと思います。
マーケティングに基づいた売れるクルマを作るのも大事でしょうが、こういった、技術者の思いをぶつけたものを商品化できる環境を残していくこともある意味大事なのではないかと思います。もちろんそれにはそれなりの経営体力がなければできないことかも知れませんが、世の中のホームラン級の大ヒット商品は概ね「社内で大反対を受けた商品」という定説もあることですしね。
投稿者 りんくう : 08:51 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年12月26日
AS バラードスポーツ CR-X Si
昔好きだった懐かしのクルマネタの続きです。
よろしくメカドックですきになったクルマの2つめがこれ。バラードスポーツCR-X。
初めて見た時のインパクトは、やはりそのスタイルでした。
走りに割り切ったかっこ良さは、何とも言えません。
発売当初は1.5L4バルブOHCのインジェクション仕様が最上級モデルで、他に1.3Lモデルがありました。
メカドックで活躍したのはこの1.5Lモデルでした。
たしか、エンジンを後ろに移してライトバンのミッションを組み合わせたゼロヨン仕様だったと思います。ゼロヨンでありながら走行中にシフトダウンして勝ってしまうという、いかにもマンガなあり得ないストーリーでしたが、全体を通してみれば、CR-Xのかっこよさを少年たちにアピールするには十分でした。
メッカドックで活躍したのはこの1.5Lモデルでしたが、好きだったのはもちろん追加グレードの「Si」。
DOHC16バルブの名機「ZC」を積んだグレードです。
走りに割り切ったCR-Xに、実用性も兼ね備えたワンダーシビック、ちょっと大人の雰囲気のクイント・インテグラの3車種が兄弟車で、エンジン等を共用していましたが、それぞれに個性がありました。
投稿者 りんくう : 08:53 | クルマ | コメント (2) | トラックバック (0)
2007年12月5日
AA シティターボ
メカドックの話題が出たので、この漫画で好きになったクルマたちをいくつか挙げたいと思います。
最初はこれ、シティターボ。
「シティはニュースに溢れてる」というフレーズのCMで登場した初代シティですが、その後このターボモデルが登場しました。
コミカルなCMや、シティのトランクに収まるユニークな原チャリ「モトコンポ」との組み合わせが印象的で、「トールボーイ」と呼ばれた背の高いスタイルもなんとなく好きで、子供の頃、ターボ登場前の最上級グレード「シティR」とその後登場した「シティターボ」の両方のプラモデルを作ったのを覚えています。
メカドックでは、メカドックチューンの後付けターボ仕様シティRがシティ・ターボに乗る車上荒しを捕まえるというストーリーですが、好きだったのは、やはりシティターボ。
何と言っても「パワーバルジ付フロントボンネット」がインパクトありました。
今はこういったハイパワーコンパクトマシンがすっかりなくなってしまいましたが、車重たったの690kgで100馬力というのは、想像しただけでわくわくしますね。
投稿者 りんくう : 12:46 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年11月30日
DR30 スカイラインRS
さて、スカイラインのケンメリ・ジャパンと来たら、次はもちろんニューマン・スカイラインの話です。
ニューマン・スカイラインは、ジャパンの次の代のスカイラインとして登場しました。
CMにポール・ニューマンが登場して、「新しい男のニューマン・スカイライン」というコピーが印象的でした。
主力モデルは、おなじみL型6気筒2000ccエンジンを積んだGTですが、好きだったのはやはり4気筒ながらDOHCターボで武装し、当時の最強スペックを誇った「RS」です。
レーシング・スポーツの略でRS、ハコスカ・ケンメリ以来の日産4バルブDOHCというだけあって、とにかく速いというイメージでした。このクルマがGT-Rと名付けられなかったのは、やはりスカイラインは6気筒というイメージがあったためだと言われています。
CMでは「あのGT-Rを越えた」とコメントされていました。
さて、このクルマが好きだった理由としては、もともと好きだったスカイラインの最強モデルだったということもありますが、さらに、当時好きだったクルマ漫画「よろしくメカドック」に登場して活躍したことと、ジャパンに続いて、当時人気の刑事ドラマ「西部警察」のパトカーとして登場して活躍したことでした。
今若い世代で現役の走り屋をしている人たちは、クルマ漫画と言えば「頭文字D」だと思いますが、僕らの世代は何と言っても「よろしくメカドック」でした。「メカドック」というチューニングショップの、メカニックとしてもドライバーとしても優れた腕を持つ主人公が、様々なステージで登場するライバルを相手に、様々なチューニングカーを開発し、競争に打ち勝っていくという物語です。
物語の中で、様々なシンボルカーが登場しますが、初期の頃に目立った活躍をしたのが、このスカイラインRSでした。
まだターボが登場する前だったので、FJ20のNA150馬力仕様。これを200馬力までチューンし、軽自動車シャンテにサバンナRX-7のロータリーターボエンジン12Aを載せたシャンテ・ロータリーターボをぶっちぎるという話です。
RSシリーズ中最強スペックを誇ったのは、インタークーラーターボ付きの通称「鉄仮面」RS-XターボCでしたが、外観は前期型の方が好きでした。
写真は鉄仮面RS-XターボCです。
投稿者 りんくう : 08:53 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年11月27日
C210 スカイラインGT−ES
さて、ケンメリの次は、ジャパンのお話です。
父の仕事用のクルマはケンメリバンでしたが、そろそろそのクルマにもガタが出てきた頃、順当にジャパンのバンに替わりました。ケンメリの次の代のスカイラインで、日本の風土が産んだ名車ということで、スカイライン・ジャパンの愛称が付けられていました。
ケンメリですっかりスカイラインのファンでしたから、ジャパンも大好きでしたが、中でも最も好きなグレードは、写真の「GT-ES」というL型2000ccエンジンにターボでパワーアップを果たしたしたモデルです。
この頃、日本の自動車業界では初めてターボが認可され、国産初のターボ車グロリア・セドリックに続いて出たのが、このジャパンターボだったと記憶しています。
ジャパンはフロント周りとテールランプのデザインがとても好きで、あとは何と言っても当時の人気刑事アクションドラマ「西部警察」で、大門団長が駆る「マシンX」(スカイライン・ジャパンターボをベースに、特殊任務を果たすための数々の装備が施された大門専用パトカー)がかっこ良すぎました。
投稿者 りんくう : 08:48 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年11月16日
C110 スカイラインGT (2)
写真のケンメリGT-Rは、某自動車博物館で撮ってきたものです。
ケンメリと言えば、何と言ってもこのリアビュー。
丸型四灯のテールランプは、この代から始まりました。
投稿者 りんくう : 08:45 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年11月13日
C110 スカイラインGT
僕がこれまで乗ってきたクルマの話は終わったので、次に、今まで所有したことはないけれど、好きだったクルマの話をしようと思います。
いきなりマニアックなところから来たと思われるかもしれませんが、最初はこれ、C110系スカイライン。
ハコスカの後継として72年に登場し、キャッチフレーズが「ケンとメリーのスカイライン」略して「ケンメリ」の愛称で親しまれ、歴代スカイラインの中でも最も人気のあった型です。
なぜ最初にケンメリの話かということ、このクルマ、僕がクルマに興味を持つきっかけになったクルマだからです。
父が仕事で使っていたクルマがケンメリのバン(L型1600ccエンジン3速コラムシフトでベンチシート!)だったこともあり、最初に覚えたクルマの名前がカローラでもサニーでも、フェラーリでもカウンタックでもなく、スカイラインでした。
家のクルマはバンでしたが、大好きだったのはやっぱり2ドアハードトップ。
後方視界は最悪らしいですが、あのフロントガラスからテールにかけての流れるようなラインと美しいサーフライン。それから何と言っても、後にスカイラインの代名詞ともなる丸型4灯テールランプ。
小学校に毎日通う途中、向かいの家にはブルーメタリックのスカイライン2ドアハードトップ(添付の写真と全く同じタイプです)、近くの田んぼのそばには白いスカイライン2ドアハードトップの黒いオーバーフェンダー付き!当時は詳しいグレードの知識はありませんでしたが、あれはいわゆる「R仕様」だったのでしょうか、それとも本物のGT-Rだったのでしょうか。。。あのクールなオーバーフェンダーはGT-Rにメーカー純正で装着されているものだと知るのは、それからだいぶ後のことになります。当時はてっきり社外パーツだと思っていました。
とにかく、絶大な人気を誇ったケンメリ。
学校帰りには、あまりの多さに友人と、信号待ちの車列の中に何台のスカイラインがいるか数えてみようと言って数えてみると、1/3くらいはスカイラインだった記憶があります。
見た目にも速そうでかっこいいですが、当時持っていた子供向けの「スーパーカー大百科」に載っていた数少ない国産車で、「最高速200km/h」の文字に目が行ったのを覚えています。
結局ケンメリがきっかけで、R30型までスカイラインのファンでした。
しかし、このスタイルは・・・後方視界最悪のリアウィンドウと小さなトランク・・・あらためて見ると、ホントに使い勝手は悪そうだなぁ。
投稿者 りんくう : 08:49 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年11月8日
もう一度乗りたいクルマ
ということで、今まで僕が乗ってきたクルマの昔話はこれで一通り終わりました。
結局これまで5台を乗り継ぎましたが、チャンスがあればもう一度乗ってみたい!と強く思うのははシャレードとランサーターボの2台。
この2台は80年代の面白さが詰まったクルマだと思います。お遊びで乗るのにはちょうど良い、適度な重量、適度なパワーと適度な限界の低さと適度な扱い難さ(笑)
で、とにかく楽しく走れるクルマだと思います。
で、次に少し離れてファミリア。これも、今のクルマには無い楽しさがあります。
で、エボ1とミラージュ。これは、再びダートラをやるなら選択肢としてあるかもしれませんが(エボ1は戦闘力無いか・・・)、そうでなければまた乗りたいとは思いません。
決してこれらのクルマに悪い印象があるわけではありません。競技で使うには素晴らしいクルマです。
ただ、遊びで乗るにはもっと楽しそうなクルマがたくさんあるので、エボやミラージュに再び乗るなら、そっちに乗ってみたいなと思います。
投稿者 りんくう : 08:43 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年11月1日
CJ4AミラージュRS(7)
そう言えば、思い出しましたが、このクルマに特に悩まされたトラブル2つ。
非常に小さなトラブルですが、いつも気になってしょうがないトラブル。
・ホイールの内周にこびり付いた泥や砂利がブレーキキャリパーを叩き、サイドブレーキのワイヤーは外れるは、ブレーキホースが緩みフルードが漏れるわでもう大変(他車でもあるトラブルかもしれませんが、このクルマは特に酷い)
⇒フラップやタイラップで対策したものの、なかなか満足いく対策にはなりませんでした
・ウェットコンディションで走りエンジンルームに少し水が入っただけで、セルモーターのコネクタが通電しなくなる
⇒一番簡単で完璧なまでに効果が出たのが、コネクタを少し引き抜き半圧入状態にしておくことでした
投稿者 りんくう : 08:56 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年10月30日
CJ4AミラージュRS(6)
結局このクルマは仕事で中国に出向になるのを機に手放しましたが、このクルマのおかげで、いまいち成績は出なかったけれども、存分にダートラを楽しむことができました。
イベント数で言ってもかなり走ったと思います。
このクルマの特徴は、何と言っても可変バルブタイミングのMIVECエンジンではないでしょうか。
MIVECによって、175馬力のハイパワーと太い低速トルクを実現しています。
投稿者 りんくう : 08:44 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年10月25日
CJ4AミラージュRS(5)
千葉フレッシュマンを卒業して、いよいよ高速コースに足を踏み入れました。
千葉県戦を追いつつ、関東ジュニア戦や丸和カップといった、全国屈指の高速コース、丸和オートランド那須で開催されるイベントに参戦し始めました。
初めて走る高速コースの印象は、とにかくちょっとの操作が大きなクルマの動きとして返ってくるということでした。最初のうちはスピンしまくり!
イベントには出まくりましたが、クルマにはそもそもそんなにお金かけないし、そんなにがむしゃらに上を目指して走り込んだわけでもなく、細く長く楽しくがモットーでしたから、中級イベントで真ん中くらいに入るのがやっとという感じでしたが、沢山走って存分に楽しめました。
投稿者 りんくう : 08:44 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年10月18日
CJ4AミラージュRS(4)
オートランド千葉以外で最初の頃ミラージュでよく走りに行ったコースは、GMP(群馬モーターパーク)です。
開業して間も無いコースで、しかも開業時は一部分のみ走行可能、オーナーのオジサンが一人で重機でコツコツコースを作っているという状態でした。
コースも小さく、そこら辺の河川敷よりも狭いといった感じでしたが、パイロンスラロームや低速コーナーの練習をするなら十分です。
場所は群馬は榛名山の麓、榛東村で、なんでわざわざこんな小さなコースのためにそんな遠くまで出かけて行ったかというと、ニフティのクルマ好き仲間でのダートを走るオフ回を毎月ここで開いていたからです。
多くのメンバーは競技としてのダートラをやっている人ではなく、ダートを走るための装備を施していない車で走り、中にはクルマはどノーマルでスポーツ走行の経験も殆ど無いという人もいたため、このようなコースが丁度良かったのです。
あとは、クルマ好きの仲間たちと、特に競技のようなピリピリ感も無く、ああだこうだ言いながらクルマを走らせ、壊しては笑いながら直し、走った後はいつもの温泉ととんかつ屋で語り・・・というのが、なんとも楽しかったのでした。
GMP以外には、大井松田コマツテストコースや天神山スキー場駐車場特設会場にも何度か出かけました。
写真は大井松田コマツテストコースで開催された湘南戦に参戦した時のものです。
投稿者 りんくう : 12:50 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年10月16日
CJ4AミラージュRS(3)
ミラージュを購入したのはオフシーズンでしたので、その翌シーズン開幕戦から早速千葉フレッシュマンシリーズに再挑戦しました。
かつて、元全日本チャンピオンの和田洋一選手が率いるチーム「ファンタジー千葉」が、毎年の千葉フレッシュマンシリーズ開幕戦の主催を務めるのがお決まりでしたので、その開幕戦に参戦です。
この頃、僕はパソコン通信「ニフティサーブ」のモータースポーツフォーラムに出入りしていましたが、和田選手もそこのメンバーだったこともあり、多くのニフティ友達が応援に来てくれている中、初の表彰台を得ることができました。
前年のジムカーナ長野県戦チャンプにトップを奪われたものの、初めての二位入賞です。
その後、この年は彼に加え、また別の選手との3人での争いとなり、結局シリーズ3位でシーズンを終えましたが、取り敢えずは最低限の目標であった千葉フレッシュマンは卒業です。
ミラージュに乗り換え、色んなコースに走りに行きたいという思いもありましたが、この年は千葉フレッシュマン卒業が目標でしたから、走るコースはオートランド千葉とそれに準ずるタイプのコースを集中して走りました。
投稿者 りんくう : 08:40 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年10月12日
CJ4AミラージュRS(2)
このミラージュ、有名ショップのコンプリートカーで、ありきたりの最もベーシックな仕様ではありましたが、特に手を入れなくても即実戦可能な状態でした。
ただ、ボディ無補強状態でしたので、ラリーショップ「テンダー」で必要最低限の補強を施し、早速練習に出かけました。
走り始めてみると、やはり二輪駆動は維持費が安い!
タイヤは14インチで、ランサーのタイヤよりも1本当たり数千円安く、しかも後輪のタイヤは全然減らないし、LSDもフロントのみ。燃費も良くて、ランサーだとガソリン満タンで出発しても練習に行って走りこむと帰り道には給油しなくてはならない状況でも、ミラージュなら無給油で行って帰って来れる!
ほんといいことずくめです。
この頃、ダートラやジムカーナでは、世の中の規制緩和の流れに対応して、ナンバー付きクラスでもいじってよい範囲がかなり広くなりました。
で、この頃は既に多くの選手がマフラー、エアクリーナー等の吸排気系、クロスミッション、ファイナルギア等の駆動系などに手を出している状態でした。
しかし、僕の場合は、クルマに手を入れる前にやることは沢山あるという考えでした。即ち、クルマに手を入れるのであれば、沢山練習して本番の失敗を一つでも減らした方がタイムは伸びる、上手く走れたと思えたコーナーが一つでも多くなるようにした方がタイムが伸びる、そもそも沢山走った方が楽しい・・・という考えです。なので、敢えてクルマには殆ど手を加えず実戦に挑みました。吸排気系、ギヤ比、ボンネットはノーマルでした。
さて、ミラージュに乗り換えて、最初の目標はランサーでは達成できなかった千葉フレッシュマンシリーズ卒業でした。
投稿者 りんくう : 08:48 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年10月9日
CJ4AミラージュRS(1)
さて、これまで僕が所有した最後の車のお話になりました。
三菱のCJ4AミラージュRSのお話です。
ランサーを手放して数ヶ月、それまでハイパワー四駆以外は眼中にありませんでしたが、エボ1で散々散財した後、考えが変わりました。
「ハイパワー四駆よりもランニングコストの安い車両でその分たくさん走り、あわよくば上も目指したほうがやり甲斐がある。」
ということで、ランサーの次に考えた戦闘車両の候補は次の3つ。
・EP82スターレットGTターボ
・CA4AミラージュRS
・CJ4AミラージュRS
どれもランニングコストの安いコンパクトFFモデルです。でもどれもハイパワーで、速さは侮れない、ダートラでも一線級の戦闘力を発揮した車です。
ざっと、当時のダートラ界の状況を見渡してみると、
・スターレットはまだまだ参加台数は多いものの、多くのイベントにおいてはC73/83Aミラージュ/ランサーの勢力に押されつつある
・EK9シビックタイプRは既に登場していたものの、勢力はまだCJ4Aと二分している状況
・CA4Aはさすがに古く、タマ数無し
ということで、前述の考え方に一番マッチしたのはCJ4A。ただ、EP82はなんと言っても低価格なので、どちらでもいいなとも思いつつ、探し始めました。
探し始めて間も無く、たくさんの中古車屋さんがあることで有名な行徳にある、中古競技車を専門に扱うフジノ自動車で新車同様の1年落ちダートラ仕様CJ4Aを見つけました。
有名ショップ「モンスター」が製作したダートラ仕様で、どうやらダート未走行のようです。
程度極上のため、それなりに値が張りましたが、新車で製作することを考えれば全然安い!
1週間迷った末、購入を決めました。
ということで、当時買ったばかりの状態がこれ。
まるで新車のようにぴっかぴかです。
投稿者 りんくう : 08:46 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年10月7日
CD9AランサーRSエボリューション(11)
ランサーのカタログの最後のページでは、前回のオプション紹介と共に、装備の比較表があります。
競技ベース・簡略装備のRSの装備簡略度合いはこんな感じです。
同じく競技ベースのインプレッサWRX-RAと比較され、「ノーマルシート、もうちょっとなんとかならんのか?」という声をよく耳にしました。
なんたって、商用車と同じシートですから。
投稿者 りんくう : 00:44 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年9月13日
CD9AランサーRSエボリューション(10)
オプション紹介のページでももラリーのための車であることがアピールされています。
昔は、カタログでラリーやその他モータースポーツ向けの車であること、高運動性能・高出力エンジン搭載であることをアピールしまくった車がたくさんありましたが、今では殆ど無くなってしまいました。
寂しいですが、これは時代の流れなので、致し方ありませんね。
投稿者 りんくう : 08:50 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (0)
2007年9月5日
CD9AランサーRSエボリューション(9)
競技ベース、簡略装備のRSのページです。とにかく軽量であることがアピールされています。
一般ユーザー向けには豪華装備のGSRというグレードが用意されていましたが、競技ユーザー向けにはこのRSが用意されていました。
走りに関係無い装備や、競技に参加する場合はまず交換してしまう部分の装備は省略或いは簡略化されていました。
ボディ色はシルバーメタリックもあったんですね。ホワイトしか見たことがありませんでしたが・・・
投稿者 りんくう : 08:45 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (554)
2007年8月21日
CD9AランサーRSエボリューション(8)
ページをどんどんめくっていくにつれ、ラリーのためのクルマであることがアピールされます。
「そこには目新しい制御メカニズムはいらない」とありますが、WRCでいち早く電子制御ディファレンシャルギヤに食い付き、真っ先に市販社にフィードバックしたのが三菱でした。
投稿者 りんくう : 12:53 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (1)
2007年8月17日
CD9AランサーRSエボリューション(7)
安全装備や快適装備についても、それなりにアピールしています。
が、これは豪華装備のGSRの話で、競技ベース簡略装備のRSには殆ど関係ありませんね。
安全・快適装備の話ではありますが、その後の篠塚選手のコメントがいいですね。
「これで、コーナーの岩の横わずか5センチを、狙いどおりに曲がれるようになった。」
投稿者 りんくう : 08:42 | クルマ | コメント (4) | トラックバック (567)
2007年8月15日
CD9AランサーRSエボリューション(6)
対して足回りはそれほど目新しいものではなかったと記憶していますが、このクルマ、とにかく曲がらないということで、色々な雑誌記事で酷評されていました。特に、最大のライバルインプレッサWRXと比較され、足のインプ、パワーのランサーなんて言われてました。
とはいえ、総合力で優ったのか、ラリー・ダートラ・ジムカーナ、どの競技を見ても、エボ1〜3の時代まではランサーが優勢でした。インプレッサが勢力を伸ばすのは、その後の時代のことになります。
投稿者 りんくう : 08:45 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (717)
2007年8月10日
CD9AランサーRSエボリューション(5)
何故かこのクルマだけ、カタログを大事にとってあります。というか、これまでに乗ったクルマはどれも旧車であったため、そのクルマを欲しいと思ったときには、既にカタログは手に入れようがありませんでした。
このクルマのカタログは、前オーナーからクルマと一緒に譲って頂いたもので、クルマを手放した後も、大事にとってあります。ということで、少しずつ紹介していこうと思います。
ページをめくって、最初の能書きページはやはりエンジンについてです。
このクルマが世の中に登場した時、やはり一番話題になったのは、そのハイパワーエンジンでした。それまでギャランに搭載されていた、2リッターターボの4G63エンジンが、1600cc級のランサーのボディに押し込まれたということが、とにかく話題になりました。3000r/minでトルクが30kgmを越えるというのも当時は驚異的でした。初めて乗ったときは、ビビリが入ってアクセルを床まで踏めなかったのを、今でも思い出します。
投稿者 りんくう : 08:43 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (1)
2007年8月8日
CD9AランサーRSエボリューション(4)
このクルマの印象は、とにかく速いということでした。
ダートラをやっていると、やはりハイパワー四駆には一度は乗ってみたいと思うものです。
まぁ、今の最新のハイパワー四駆に比べればかなりしょぼくなってはしまったものの、250馬力に30kg・mを越えるトルク、4WDのトラクションはやはり凄いです。
あとは、今時の四駆に比べて曲がりませんから、やはりこいつもじゃじゃ馬を操る面白さがあります。
・・・が、やはりお金はかかります。
ガソリン、タイヤから始まって、足回り、ミッション、ボディ等、ハイパワー且つ重量車であるためあらゆる部分の消耗が速く、且つサイズも大きめで価格も高め。そのへんはやはりそれなりの覚悟が必要です。
投稿者 りんくう : 08:56 | クルマ | コメント (34) | トラックバック (565)
2007年8月3日
CD9AランサーRSエボリューション(3)
ランサーに乗り始めた最初の年は、千葉フレッシュマンシリーズで、コンスタントにポイント圏内に入れるようになり、その次の年には、入賞圏内にも入れるようになりました。
さて次は表彰台、優勝・・・と思っていた矢先、車がとにかくよく壊れるようになりました。
そもそも買った時点で結構くたびれたクルマではあったのですが、それでもっとストップ&ゴーの繰り返しでかなり駆動系に負担がかかり、路面のギャップも大きくボディにも負担がかかる千葉のコースは、かなりきつかったようです。タイヤに関して言えば、路面の締まった高速コースを走るのに比べれば、減りが遅くて良いのですが。
ということで、とても維持できなくなりました。
この修理代をタイヤ・ガソリン・練習・イベント参加代に回せたら・・・ということで、維持費が安いクルマへの乗換えを考えるようになり、次壊れる前にと、早々に手放してしまいました。
投稿者 りんくう : 23:38 | クルマ | コメント (3) | トラックバック (615)
2007年7月28日
CD9AランサーRSエボリューション(2)
さて、このクルマの印象ですが、評判通り、たしかに曲がりません。
そもそも前に乗っていたクルマが、ほとんどFRのファミリアですから、曲がらないと感じるもの当然です。
ファミリアと同じようにコーナーに侵入し、ファミリアと同じタイミングでアクセルを開けると、あっという間にアウト側にはらみ、コースから外れて落っこちそうになります。
とにかく早め早めにクルマの姿勢を作ってやらなくてはなりません。早めにハンドルを切ってドリフトに持ち込み、コーナー出口では既にクルマが直線に向かって正面を向いているように走らせなくてはなりません。
何度か練習して徐々にその動きにも慣れてきて、シーズン途中でしたが、千葉フレッシュマンダートトライアルシリーズに復帰しました。
この頃はまだ競技人口が多く、ファミリアに乗っていた頃は、ポイント圏内に入るのもままならない成績でしたが、ランサーにスイッチして初戦でなんとポイント圏内。
これにはちょっと複雑な気分でした。腕さえあればファミリアでもまだまだやれるはずだけれども、そうは言っても、道具の差というものも確かにでかい・・・
とにかく、エボ1は当時初級イベントではまだまだ主力車種でしたので、これでクルマの差は言い訳にならなくなりました。
フレッシュマンではそこそこ成績が出るようになって、ダートラもどんどん楽しくなって、色んなコースや練習会、ダート走行好きの集まりに出かけていくようになったものも、この頃からでした。
オートランド千葉の練習会、千葉フレッシュマンシリーズの大会、パソコン通信ニフティサーブのダート走行好きの集まり等に、毎週のように出かけていきました。
投稿者 りんくう : 11:30 | クルマ | コメント (26) | トラックバック (876)
2007年7月21日
CD9AランサーRSエボリューション(1)
ファミリアで四駆にはまり、とうとう買ってしまいました、ハイパワー四駆。
当時はハイパワー四駆と言えば、今と同じくランサーエボリューションかインプレッサWRXが勢力を二分していましたが、傾向としては、
・WRCの成績においてはインプレッサがランサーを凌駕していた
・但し改造範囲の狭いGr.Nではランサーに若干分がある感じ
・国内競技においてはインプレッサとランサーがほぼ互角の状態
・但し、ダートラ・ジムカーナ・ラリーにおいては上位選手がランサーからインプレッサにスイッチする傾向が目立ち始めた
といったところでしたが、個人的にはランサーのほうが好きでした。なぜなら、
・WRCで好きだった選手は当時三菱のエースドライバーだったケネス・エリクソン(その後スバルに移籍してしまいましたが)
・インカービデオを見ても、自分としてはインプレッサの動きよりランサーの動きのほうが、すんなり受け入れられそうな感じ
・走行中に失敗して失速した場合のリカバリーにおいては、低速トルクの大きいランサーの方が有利であることから、初中級レベルではインプレッサよりもランサーのほうが成績を出しやすい
・インプレッサよりもランサーのほうが壊れ難い(特にトランスミッション)
・インプレッサの水平対抗エンジンよりもランサーの直列エンジンのほうが、メンテナンスし易そう(インプレッサはスパークプラグ交換も大変そう)
といったところです。
ファミリアがくたびれてきたところで、CD9Aランサーエボリューションの出物があったので、すぐに決めてしまいました。
ランサーエボリューションシリーズの初代、いわゆるエボ1というやつです。
既に世間ではエボ4が登場していた時期でしたが、初中級レベルの大会では、戦闘力十分です。
このクルマ、それまでの三菱のラリー・ダートラといった競技車両のベース車であったE38Aギャランの4G63エンジンを、ギャランよりも小型軽量のランサーのボディに押し込んだクルマです。
出た当時は、ギャランのエンジンをランサーに押し込んだこと、当時はこれでもど派手だったリアスポイラー、フロントバンパーに押し込まれた巨大なインタークーラー、2000ccながら250馬力のハイパワーなどが話題になり、三菱のラリーに対する本気ぶりをアピールするには十分なクルマでした。
但し、このクルマ、「曲がらない」ことでもとっても有名でした。
マイナーチェンジ後のCE9Aランサーエボリューション2以降は改良が施され、逆に「非常によく曲がる」という世間一般の評価になるのですが、エボ1は雑誌等で酷評されているのをとにかくよく見かけました。
ですが、曲がらないクルマを一所懸命曲げて走らせるのも楽しいですし、またこのクルマが数々のモータースポーツシーンで好成績を残したのも事実です。ということで、「曲がらない」という評価など、全く問題ありません。
さて、シーズン途中でのファミリアからの乗り換えでしたが、早速このクルマでダートラに参戦することになります。
投稿者 りんくう : 23:05 | クルマ | コメント (2) | トラックバック (4)
2007年7月15日
BFMRファミリアGT-X(3)
このファミリアの良かったところは、4WDのトラクションとFRのような扱いやすさ・楽しさとのバランスと、そこそこの程よいパワーといったところでしょうか。
排気量も1600ccと決して大きくなく、タイヤサイズも14インチと、その後のハイパワー4WD車両よりは小さく、またLSDも後の一つしか入らないため、「ガラスのミッション」と揶揄される壊れやすいミッションさえ壊さなければ、あまりお金はかかりません。
ということで、お遊びで乗るには、ギャラン・レガシィ・ランサー・インプレッサよりも良いクルマではなかったかと思います。
センターデフは、スイッチ一つで電磁的に直結できるので、これを走りながら切り替えるのも、このクルマの楽しみ方、走らせ方の一つでした。タイトなコーナーの入り口ではフリーにして、その後再びストレートが見えてきたら直結にして・・・といった感じです。
外観もかなりお気に入りでした。そう言えば最近は、かつて「ボーイズレーサー」と呼ばれた、3ドアハッチバックのコンパクトスポーティカーがすっかり無くなってしまいましたが、それよりも一足先に、こういったリフトバックスタイルのコンパクトカーが姿を消してしまいましたね。セリカLBから始まって、AE86の3ドアやスタリオン、それからこのファミリアみたいな、かっこいいリフトバックスタイルのクルマがとっても好きでした。
投稿者 りんくう : 23:14 | クルマ | コメント (3) | トラックバック (577)
2007年7月14日
BFMRファミリアGT-X(2)
既にこの時代、ダートラ界ではランサーエボとインプレッサが主流となっており、このファミリアはかなりの型落ちマシンでした。
が、ダートラデビューを果たした1996年、千葉フレッシュマンシリーズの4WD-2クラス(ランサーエボやインプレッサ、ちょっと型落ちでギャランやレガシィ、パルサーGTI-Rなどが戦うクラス)でチャンピオンを取ったのは別の選手が駆る同じBFMRファミリアでした。なので、ファミリアでもまだまだいけるというのは本当でした。
とはいっても、そのチャンピオンを取った選手はある程度のラリーの実績があった人なので、それなりの腕がいるというのも事実ですが、実際に同じクルマに乗っている選手がチャンピオンを取ったということで、自分もと練習を重ねましたが、なかなかそうはいきません。
ということで、最初のシーズンは成績らしい成績無く終了。
自分が遅いか速いかというよりも、本番では何が一番難しかったかというと、練習で上手く走れた時のレベルの力を本番で発揮することでした。
最初のうちは、ミスコースをはじめ、練習ではめったにやらないようなミスの連発で、走り終わっても、全く力を出し切った気がしませんでした。
なので、練習もさることながら、大会本番の経験を積もうと、千葉フレッシュマンシリーズをはじめ、家から最も近いオートランド千葉というダートラコースで開催される大会にはせっせと通いました。
その結果、ある程度本番にも慣れてきて、成績はまだまだながら、毎回の大会後には、ちょっとは実力を出し切ったような感覚を得られるようになってきました。そこで、この取り敢えずの仕様から、ちゃんとしたダートラ仕様に作り変えようと、お店(アンテロープ)に相談したのですが、ちょうどランサー・エボ1の出物があり、ついそれに飛び付いてしまいました。
ということで、このファミリアは、ほんの1年半ほど乗っただけで手放してしまうことになってしまいました。
投稿者 りんくう : 12:46 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (2)
2007年7月9日
BFMRファミリアGT-X(1)
長期海外出張から帰国して、さぁクルマは何にしよう・・・と迷うことなど全く無く選んだのがこれ、ファミリアでした。
モータースポーツ界のハイパワー四駆の時代はこのクルマから始まった・・・と言える一台です。
といっても、購入した当時は型落ちもいいとこ、既にランサーエボ2が出ていた時代ですから。
なぜこいつにしたかというと・・・
・長期出張への出国前最後のダートラ練習会の時に知人のファミリアに乗せてもらい、こいつは面白いと思った
・上級の大会ではもはや話にならないが、初級イベントではまだまだ勝てる戦闘力があるらしい
・いまどきのハイパワー四駆よりはお金がかからなさそう
といったところです。
そもそも前に乗っていたのがFRのランサーターボだったので、このファミリアはフロントとセンターにLSDが組めないこともあって、FR的な動きをするため、その動きがすんなり受け入れられたということもありました。
ランサーターボでは、ダートラの大会にデビューすることは果たせませんでしたので、このファミリアは、購入後すぐに取り敢えずダートを走れる仕様にして、千葉のダートラ場に早速練習に行きました。
ほんと、ダンパーとガード・LSDくらいの、「取り敢えず」仕様です。
何度か練習に行った後、早速千葉フレッシュマンシリーズと呼ばれる大会の1996年第2戦にエントリーしました。
その大会の主催者が主催する大会は雨天が多いという噂でしたが、その通り雨になりました。しかも朝から土砂降り・・・且つ路面は関東ローム層です。
まさに田んぼのような状態の中、取り敢えず2本を走り終えました。
結果は・・・後ろから何番という状態でしたが、取り敢えずダートラデビューは果たせました。
ここからどんどん競技としてのダートラにはまっていくことになります。
投稿者 りんくう : 00:07 | クルマ | コメント (4) | トラックバック (623)
2007年7月7日
A175A ランサーEX GT(3)
このランサーでダート走行を始めるものの、実はこのクルマでダートラの競技へデビューすることはできませんでした。
というのは、クルマが出来上がってチームにも入って、さぁこれからという時に、海外への長期出張が決まってしまったからです。
というわけで、このクルマでは何度かダート走行の練習をしたのみで、一度も大会へ参加することなく手放してしまいました。
なので、ダート走行の写真も残っていません。
このクルマの面白かったところは、
・まず、何と言ってもFRであること
・どっかんターボの扱い難さで、シャレード同様扱い難さ故の面白さがあること
・しっかり手なずければ、パワーがある分当時メジャーだったハチロクを簡単にちぎれるところ
てなところでしょうか。
ハコ!って感じのスタイルも良かったです。
内装も、つくりの古さが「マシン」って感じがして好きでした。
これも、シャレードに次いで、もう一度乗ってみたい一台です。
投稿者 りんくう : 23:23 | クルマ | コメント (293) | トラックバック (590)
2007年7月6日
A175A ランサーEX GT(2)
ダートラの世界へは、このランサーEXで初めて足を踏み込むことになります。
ダートラのFRクラスに参戦したいと思いつつ、卒業研究で忙しかったことや、やはり敷居の高い世界ということもあり、なかなか足を踏み込めずにいました。
そして、会社に就職したところ、同期入社の仲間の中に、同じランサーEXで千葉県フレッシュマンダートトライアルシリーズのFRクラスに参戦している人がいて、彼との出会いがダートラに足を踏み込むきっかけになりました。
アンダーガードを装着し、ロールバーを装着。足回りは前オーナーがラリーをやっていたこともあり、ラリー用の足が入っていたので、これで取り敢えずダートを走れる状態になりました。
アンダーガードもロールバーもその友人に手伝ってもらいながら自分で組んで、2名乗車になったので、改造車検も取りました。
当時、JAFのモータースポーツライセンスホルダーには、JAFが認めたモータースポーツチームへの所属が義務付けられていました。
というわけで、チーム探しを始めたわけですが、その友人は、自分が入っているチームへの加入も勧めてくれました。が、それは彼の大学の自動車部。既に社会人になって、且つその大学のOBでもないので、それにはかなり抵抗があり、お断りしました。
アンダーガードとロールバーの装着には、まずアンダーガードは千葉県船橋市のアンテロープというお店で買いました。ロールバーは群馬のキャロッセというメーカーから直接通販で買いました。ロールバーに安全対策として巻き付けるロールバーパッドは千葉県白井市のテンダーというお店で買いました。
モータースポーツチームは、モータースポーツショップに付いたチームのほうが、チーム員への面倒見が何かと良いといいます。
ということで、お店の人たちが気さくだったアンテロープに再度出かけ、相談してみることにしました。
お店の社長は全日本ラリーに参戦している方で、奥さんも、ダートラやラリーに参戦しています。
このお店付きのチームには、その社長が運営するラリーを主な活動とするチーム「MASC-EAST」と、奥さんが運営するダートラを主な活動とする「BAYSPORT」というチームがありました。
で、社長に「いまダートラを始めようと考えていて、チームを探しているんですが・・・」と相談しかけた、もうその瞬間に、「カズコ〜(奥様のお名前)、ベイスポーツに入りたいって子がいるんだけどー!」と、もうその数分後には、入会申込書にサインしてしまっていました。
ちょうどお店にチーム員の方々がいて、みんな気さくな感じだったのと、ショップ付きのチームに入るとすれば、会社の寮の近くにはそことテンダーくらいしか選択肢がないので、まぁ、迷う必要もありませんでした。
さて、いよいよダートラにどっぷりはまっていくことになります。
投稿者 りんくう : 23:07 | クルマ | コメント (35) | トラックバック (1185)
2007年7月1日
A175A ランサーEX GT(1)
シャレードもそろそろくたびれてきて、車検ももうすぐ、できれば次は競技で勝負になるクルマかFRが欲しい・・・ということで、購入することになったA175AランサーEX GT。
当初ジムカーナで戦闘力があるクルマということで、GA2シティも考えましたが、やはりFRに一度乗ってみたい、AE86レビン・トレノならFRだし、ジムカーナは無理でもダートラの初級イベントのFRクラスならまだまだ主力車種・・・ということで、当初はハチロクに目がいきましたが、当時はレビン・トレノもとうとうFFになり(AE92)、中古のハチロクは新車のAE92よりも高かった時代。当然手が出ず、選んだのはこのランサーEX GT。
このランサー、リアサスはリジット、エンジンはOHC2バルブの当時としても超ローテクスペックながら、当時三菱のお家芸であったターボとインタークーラーで武装し、グロス160馬力を絞り出していたマシンで、ダートラやラリーではAE86を凌ぎ全日本チャンピオンを獲得しているマシンでした。
プレイドライブという雑誌の個人売買コーナーで見つけ、大阪から安城市までクルマを見に行き、即決しました。
納車後は、すぐにダートラはやらずに、最初はこれまでと同じく、峠とジムカーナに通いました。
当然ながら、ジムカーナでは全く戦闘力がありませんが、とにかく走りこんでアクセルコントロールを覚えました。
当時まともなブレーキングドリフトなんてできる腕はありませんでしたが、パワードリフトでリアのスライドのコントロールを楽しんでいました。
峠では、コーナリングスピードは重量差によるハンデを感じるものの、パワーがあるので直線はとにかく速く、当時峠で主力だったハチロクを凌ぐパフォーマンスでした。
シャレードもそうでしたが、ハチロクやシビックみたいにメジャーじゃないので、同じクルマに乗っている人とはすぐお知り合いになれるのも、このクルマの良いところでした。
投稿者 りんくう : 23:41 | クルマ | コメント (3) | トラックバック (630)
2007年6月30日
G100SシャレードGT-ti(5)
このクルマの面白さは、軽量コンパクトなボディならではの軽快な走りもさることながら、何と言ってもこの3気筒DOHC12バルブインタークーラーターボエンジンの「扱い難さ」です。
昔はノーマルの状態でも「高回転型」「どっかんターボ」と表現されるエンジンや、また足がエンジンのパワーに負けているため「じゃじゃ馬」と表現されるクルマが沢山ありました。これらのクルマの面白さは、それを上手く手なずけることで、そういう面白さは、最近のクルマにはすっかり無くなってしまいました。
限界も低いため、比較的容易に、安全に、クルマの動きを理解して、コントロールする技術を身に付けることができます。
シャレードのCB70エンジンもそうでした。
下はスカスカながら、上はどっかんターボで凄いパワー。
いかにエンジンの回転・ターボのブースト圧を落とさないように走るか、いかにコーナー出口でアクセルを開けるとどっかにいきそうになるのをコントロールするか、それを常に考えて走らなくてはならず、またそれが楽しいのです。
この時代は、シャレード以外に、カルタスやスターレットなど、そういった楽しさがあるクルマが沢山ありました。
このシャレードは、チャンスがあればもう一度乗ってみたい一台です。
今のクルマには無いあの楽しさをまた味わいたいのと、その後違う駆動方式でのドライビングやダートラを経験してきた自分が、再びこのクルマに乗るとどういう印象を受けるだろうかと考えると、わくわくしてきます。
投稿者 りんくう : 20:33 | クルマ | コメント (1) | トラックバック (5)
2007年6月25日
G100SシャレードGT-ti(4)
お遊び程度のジムカーナを始めてから、月一ペースで練習会または初心者向けの大会に参加するようになりました。
ライセンスも取って、JAF公認競技会に出たりもしましたが、やはりちゃんと車を作って、ちゃんと練習している人たちの中に入ると、なかなか好成績を出せるものではありません。
当時のジムカーナのナンバー付きクラスの主力車種というと、
A1クラス:GA2 シティ
A2クラス:EF9 CR-X
A3クラス:SW20 MR-2
A2クラスは、新型ミラージュ(CA4A)が登場し、主力がそちらに移ろうとしていました。
A3クラスも、ランサーエボリューション(CD9A)が登場し、こちらも主力がそちらに移ろうとしている時代でした。
シャレードはとても楽しい車でしたが、ここから先何かやろうと考えた時、とにかく社外部品が少なく、特にLSDが無いのがモータースポーツをやるにはネックになることもあり、乗換えを考え始めました。
GA2シティの購入も考えましたが、その前に一回FRに乗りたいという思いも捨てきれず、A175A ランサーEX GTを購入することになります。
投稿者 りんくう : 18:36 | クルマ | コメント (2) | トラックバック (612)
2007年6月25日
G100SシャレードGT-ti(3)
峠を走り初めてしばらく経って、思い始めました。
・いくら楽しく走って腕を磨いても、峠ではみんなのクルマのレベルがばらばらで、他の人のレベルとの比較がしづらい(自分がどれだけ上手くなったのか分かり難い)
・いくら上手くなるために走っているとしても、世間から見ればただの暴走行為なので、なかなか自分の趣味として大きな声では言い難い
ということで、前々から気になっていた「ジムカーナ」という競技に参加することを、本気で考えるようになりました。
何故ジムカーナかというと、
・ノーマル車でも参加できる、最もお手軽なモータースポーツらしい
・スピードもそれほど出ないため、比較的安全な競技らしい
・細かなクラス分けがあり、ルールで改造範囲がかなり狭く限られたクラスもあるらしい
・全日本選手権から、ライセンスも持っていないど素人でも参加できる大会まで、色んなレベルの大会が存在するらしい
といったところです。
当時、既にモータースポーツには興味を持ち始めていて、競技に参加している人向けの雑誌「スピード・マインド」を既に購読していましたから、その雑誌のイベント案内コーナーで見つけた初心者向けのジムカーナ大会に早速参加することにしました。
タイヤメーカーのダンロップ主催の「フォーミュラ・ジムカーナレッスン」というイベントです。
「フォーミュラ」は、当時のダンロップのスポーツ走行向けタイヤのブランド名ですが、ダンロップが、自社がサポートする全日本ジムカーナ選手権の選手を講師に招き、初心者から中級までのレベルの人たちを相手にレッスンを行うというイベントです。
午前中に簡単な講習会と慣熟歩行(ジムカーナは走る前にコースを歩いて確認することができます)を行った後、練習走行が2〜3本×2〜3セット、その後順位を付ける本番走行2本、最後に抽選に当たった人は講師との同乗走行という内容です。
場所は名阪スポーツランドのCコース。関東のジムカーナは、舗装された広場にパイロンを立ててコースを作るのが主流ですが、関西のジムカーナは、カートコース等のミニサーキットを使うのが主流です。
初めてのサーキット・・・慣熟歩行を終えて、自分の走行順を待っている間から緊張しました。やはり競技を行う場所は、峠とは明らかに雰囲気が違います。
ギャラリーは決まったコーナーに集まってそこだけ見ている峠とは違って、サーキットでは自分の走りの頭から終わりまで全て多くのギャラリーに見られています。
緊張の練習走行一本目。走って初めて分かる、サーキットの印象は、
・「特殊アスファルト舗装」とは聞いていたが、一般道より舗装の表面が平らで荒れていないこともあり、とにかくタイヤがものすごくグリップする
・コース幅が広く、どこを走って良いのか分からない
一般道ではそろそろタイヤが滑りだすスピードでも、サーキットの舗装では、タイヤが鳴き出してからかなり頑張ってくれます。なので、コーナリング中は車内で自分の体を支えるのが結構大変でした。
また、せいぜい車1台半分くらいの幅しかない、全車線使ったとしてもせいぜい車3台分くらいの幅しかない峠道と比べると、サーキットのコース幅は、とてつもなく広いです。初めて走ったときは、どこを走って良いか分からず、結局ずっとど真ん中を走っていたり、ずっとインを走っていたりの連続だったように思います。
それでも、回を重ねる度に慣れてきて、最後の本番では百数十台中の、たしか18位でした。
ちゃんと作った競技車両が沢山いる中での18位、SW20型MR2など上のクラスの車も沢山いる中での18位。
結構いけるかも・・・と思いました。が、それが勘違いであることに気付くのに、それほど時間はかかりはしませんでした。
投稿者 りんくう : 00:58 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (585)
2007年6月22日
G100SシャレードGT-ti(2)
G100Sシャレードを購入し、さあ走るぞと・・・
当時大阪に住んでいましたが、大阪近辺には走り屋のメッカと言える山がいくつかありました。
中でも、最もアクセスの良い山は六甲山だったので、夜な夜な六甲山に通いました。
当時走り屋の間でメジャーなクルマと言えば、
・AE86/AE92 レビン・トレノ
・EP71/EP82 スターレット
・AT/EF シビック
・AS/EF CR-X
といったところでしょうか。
サバンナRX-7やスープラ、シルビア、スカイラインなんかもいるにはいましたが、タイトコーナーが連続する六甲山では、1600cc以下の軽量コンパクトなクルマが多かった記憶があります。
G100Sシャレードですが、これらのメジャーなクルマたちとは、相手がライトチューン程度であれば、ほぼ互角に走りました。
下りやタイトなコーナーでは、870kgの軽量ボディに分があったように思います。
しかし、買ってから気が付いたのですが、マイナーなクルマだけに、社外部品が非常に少ないクルマでした。
それも、そもそもいじるお金も無いので特に問題ではなく、サスペンションのダンパーのみ変更した必要最小限の超ライトなチューンでしたが、楽しく走って腕を磨くには十分でした。
ダンパーは、ノーマル形状のストリート用「ポテンザ・TOP-RUN」を使っていました。当時はブリヂストンの「ポテンザ」ブランドから、沢山のダンパーがリリースされていて、シャレード用のダンパーを用意してくれているのはポテンザだけでした。スプリングはTANABEというメーカーから出ていましたが、当時は改造車検無しでスプリングを換えると違法改造になる時代だったので、ノーマルのスプリングに特に不満も無かったこともあり、スプリングは換えずにずっと乗っていました。
タイヤは買った時に履いていたTOYO-LIZAから始まって、ブリヂストンのポテンザRE-71、V-GRIDと来て、最後はヨコハマのグランプリM3に落ち着きました。もちろんいつも解体屋の中古品を購入していました。
グランプリM3が、峠で楽しんで腕を磨くには、グリップ力とコントロール性のバランスが最も良かったように思います。最もタイムが出るのは間違いなくRE-71でしょうが。
そんなクルマで、とにかく六甲山を走り込みました。
芦屋と有馬を結ぶ芦有道路の入り口前の駐車場がパドック状態になっていたのは、今でもよく覚えています。
六甲山以外にも、再度山や生駒山など、大阪近辺の走り屋が集まる峠には、ちょこちょこと出かけていきました。
投稿者 りんくう : 23:13 | クルマ | コメント (14) | トラックバック (1)
2007年6月17日
G100SシャレードGT-ti(1)
最近某コミュニティで旧車について語る機会が多いので、自分が所有した・しないに関わらず、好きな旧車を語ろうと思います。
最初はこれ。初めて所有したクルマ、G100SシャレードGT-ti。「デトマソ」モデルや競技のクラス区分に合わせて排気量を小さくした「926」モデルが話題になったG10系に続く、ダイハツ・シャレードの3代目です。
そもそも何故このクルマを買うことになったかというと・・・
大学2年の時、当時免許取りたてだった僕は、とりあえずクルマが欲しいと、自転車で中古車屋めぐりを繰り返していました。
お目当ては、比較的年式が新しいのが安く買えて、且つ維持費も安いリッターカー或いは1300ccクラスのクルマで、そこそこ走るやつ。
とある中古車店で3台の候補に絞りました。その3台とは、
・EP71スターレットSi
・AA34SカルタスGT-i
・G100SシャレードGT-ti
EP71は1300ccのOHCで1気筒あたり3つのバルブ。最高出力はグロスの93ps。
AA34Sカルタスは1300ccのDOHCで1気筒あたり4バルブ。最高出力はネットの115ps。
G100Sシャレードは1000ccのDOHCインタークーラー付きターボで1気筒あたり4バルブ。最高出力はネット105ps。
この3台の中から、結局最もモータースポーツに不向きなシャレードを選んだわけですが、理由は非常に単純。
・DOHCインタークーラーターボで、メカニズムが最も先進的で速そう
・足も独立懸架
・概観もかっこいい
・街にあまり走っていないのが、なお良い
実際、ノーマル状態でこの3台を比べるなら、シャレードが最も速いのは間違いありません。当時の車雑誌では、筑波サーキットのラップタイムの比較がよく載っていましたが、当時「ボーイズレーサー」と呼ばれた、3ドアハッチバックの小排気量車の比較では、このシャレードがEP82スターレットGTターボに次ぐ2番手のタイムを出していました。
そんなことで、このG100Sシャレードの購入を決定。
この時点では、モータースポーツをやろうなどとは、これっぽっちも思っていませんでした。
しかし、シャレード納車待ち中のある日、ちょうど同じく大学の夏休みで帰省中だった高校時代の友人と久しぶりに再会したところ、なんと彼は黒銀ツートンカラー・ライトチューンの後期型AE86トレノGT-Vで登場。そのまま山のワインディングロードをドライブし・・・すっかりはまってしまったのでした。俺も走るぞ!・・・と。
投稿者 りんくう : 01:54 | クルマ | コメント (0) | トラックバック (4)
2007年4月9日
広州のタクシー
クルマネタついでに、広州のタクシーの写真も撮りました。
中国のタクシーと言えば、そこらじゅうシャレードだらけ・・・というイメージですが、今ではすっかり変わりました。
地方に行けば、今でも殆どがシャレード(ハッチバックもあればセダンもあります)という所もありますが、広州のような都市部は車両の更新も進んでおり、今多いのは上の4台でしょうか。
マイカーとしては広州ホンダと広州トヨタが人気ですが、タクシーでは日系メーカーの車両はまず見かけません。
まず左上。こいつがとにかく一番多いですね。フォルクスワーゲン・サンタナ3000。殆どのタクシーがこいつです。この型のサンタナと言えば、不良在庫の山となり、フォルクスワーゲンの経営を圧迫したことで話題になったクルマですね。
その次は右上。ヒュンダイ・ソナタ。何故かタクシー車両では韓国車がとっても多いです。
左下もキアで韓国車。
右下は中国国産メーカー「第一汽車」の「紅旗」というクルマ。国産車両はその他「中華」というクルマも多いです。
投稿者 りんくう : 00:28 | クルマ | コメント (14) | トラックバック (578)
2007年4月9日
広州で人気のクルマ
マンションの写真を撮ったついでに、街を歩いて車の写真を撮ったので、久々にクルマネタでも。
広州で最も人気のクルマは何だと思います?
販売台数のデータにもとづいた話ではありませんが、知り合いの中国人から聞いた話や、街で見かける頻度からすると、どうやらこの2台のようです。
写真左は広州ホンダのアコード。右は広州トヨタのカムリ。とにかくこの2台はやたらと多いです。
それ以外では、やはりホンダとトヨタが人気があって、ホンダのフィットやトヨタのカローラ系も結構走っています。
日系以外では、フォルクスワーゲンのポロなんかも多いです。
中国では車は日本の比でないくらいとっても高価で、且つナンバープレート取得にも高額の費用がかかります。車が増えすぎないための対策だとは思いますが、それでも、どんどんお金持ちが増えている中国では、マイカーを持つ人たちがものすごい勢いで増え続けています。まだ日本のように街にチューンドカーが走り回るには至っていませんが、それでも、少しだけそれっぽい車をちらほらと見かけるようにはなってきました。
東莞のマンションの近辺でちょこちょこ見かけるのは、峠小僧っぽいEG6シビックとGDBインプレッサ。
とっても珍しいので、音が遠くから聞こえてきて、見えなくなるまで思わず目で追ってしまいます。
投稿者 りんくう : 00:19 | クルマ | コメント (1059) | トラックバック (1114)