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まいけん ビデオ上映会第2回目感想記 |
静かに時は流れ、国際戦犯法廷のビデオ上映から一週間。私事ながら痔が再発し、あわや手術(!)ということになりかねないような昨夜の痛みも治まり、無事上映会に行くことが出来たのであるが・・・・。
今回は留学生どころか、待てども待てども人が来ない。う〜ン?まぁ、部落差別、狭山事件、といってもピンとこないんだろうな。こないどころか雅子懐妊騒動やら小泉純ちゃんとやらの高支持率に次ぐ靖国公式参拝発表で、一夜にして反差別運動がガタガタにされてしまっているこのご時世。その延長線上に、今日の上映会もあるのかな、と思いビデオを見た。そして、この日は、毎年無実の罪にとらわれた石川一雄さん無罪をもとめる通称狭山集会がもたれている記念の日だ。
このビデオは部落解放同盟が主体となって、某テレビ会社が制作し、放送されたものだ。
さて、ビデオの内容から始めよう。
大阪府のとある商社では、新入社員の身元調査をしていることが発覚した。これは氷山の一角であって、やっぱり大企業になれば性別、最終学歴はもちろんのこと、家柄、出身差別などが否が応でも調べられるケースは後を絶たないんだろうな。
中根さんは、部落出身の池田さんとパートナーだ。中根さんが結婚することを両親に告げると、早速パートナーである池田さんの出身を調べられ、部落の人間であり「結婚したら家がめちゃくちゃになる」ことを理由に大反対される。が、一度中根さんは挫折するが、池田さんへの気持ちはかわらず結婚した。残念なことに中根さんの結婚の際に家族は参加しなかったが、自分はやましいことをしていない、人間を差別する側がおかしいのだと将来への夢をつなぐ。
「家柄、血すじ、血統、・・・まるで馬かいな」と差別を笑い飛ばしながら講演をする関西弁の方の話も印象深い。小学校の時、先生に社会科の授業で新聞の切り抜きもってこいと言われて、家に帰っても新聞がないのでタンスの下にある黄ばんだ新聞を持っていくと、「これ、いつのや」と先生に言われ、自分を含めた部落の生徒のほとんどが立たされ、どつかれたことなどを語る。
医療問題も部落の住民にとって重要な問題だ。大阪八尾地区では、公営住宅が今では建ち並んでいたが、昔は周囲の地区と違い、共同便所などが残り不衛生な場所で、病気の発症率も多かった。天然痘が流行したときは200名余りが死亡している。そんな中、大阪府との協議の末に勝ち取り、部落民によって建設された八尾北病院が赤字を理由に民間の手に渡ってしまおうとしていた。しかし、そのような一方的な役所の判断に対して住民は、抗議の交渉を行う。寝たきり老人をも団地に訪問する医師によって運営されている病院が民営化されたら、合理化の末、また医療を受ける機会が失われてしまいかねないという危機感がよこたわっているからだ。
所変わって島根のある地区。
ここも目に見える部落差別があるところとして紹介している。川の護岸工事も、部落地区の集落のある地区からくっきりと工事されず、堤防も低くなっている。これでは、洪水の際に、浸水してもおかしくない。道路もあぜ道のまま舗装されない。部落の住居があるにもかかわらず、線路を通し、踏切をも作ろうともしない。
こんな部落民に対する根強い偏見、差別があるため、部落地区の人は放映では顔を明かさずインタビューを受ける。
「もう、ここ一件だけだから、闘ってもねぇ。2、3件あればまだ何とかできるのかもしれないけど・・・」
こう語る人の怒り、苦しみ、絶望感を私たちはどう受け止めるべきだろうか?
あるいは、部落に生まれ差別されることを考え、出稼ぎに行く子どもに向かって「お前もうここに帰ってくるなよ」と告げる親の気持ち。部落出身であることを理由に、婚約を破棄され、堕胎まで行ったパートナーに絶望し自殺した人の気持ち。
私は、誰が悪い、という前に、この気持ちが何のために生まれ、そして現在も差別が続いているという現実を深く考えなくっちゃなと思う。
だけど、誰が悪いのだろうか。
「私は差別なんかしてない」
と誰彼となく聞こえてきそうだ。私だってそういいたい。しかし、現に当事者に向けられた差別行為は、当事者を通じてのみ理解されると言うことをも強く認識しなければならないだろう。
もう40年近く経ってしまうが埼玉県狭山で高校生が誘拐され、レイプされ殺害されるという事件が起こった。この事件の大失態を行ってしまった埼玉県警は、「何としても犯人を逮捕する」と発表し、捜査にゆきづまったあまり付近の被差別部落に見込み捜査を集中し、何ら証拠もない石川一雄さんを別件逮捕した後、自白強要によって調書を作るというえん罪事件をでっちあげた。そして石川さんに対して、一審で、死刑判決、二審は無期懲役判決が言い渡されたのだ。しかし、石川さんの無実は、当時犯行現場に残された血痕や足跡からも明らかだ。そして、東京高検に対して国連からも勧告が出され、証拠リストの提示が求められているが、いまだに東京高検は証拠リストを提示していない。狭山事件は、まさに国家ぐるみの部落差別事件と言えよう。
石川さんの事件は氷山の一角に過ぎず、警察は、あらゆる見込み捜査、自白強要が部落民に対してなされていたのだ。と場(食肉市場)で働く人たちに対しても同様だ。家畜をさばくというところから、人間をも殺すのではないかというような差別・偏見を殺人事件などが起こると精神分析官やら警察官が当たり前のように発言し、捜査まで行われることもあるという。そのような差別・偏見を許さないという立場から、部落解放同盟は、差別糾弾闘争が始まったのだ。
このような差別と偏見の中で生きざるを得ない部落民と対照的なのが皇族だ。天皇の戦争責任だって、アジアで二千万人の生命が犠牲になった最高責任者ヒロヒトが裁かれず、警察に守られ戦後も東京の中心地にのうのうと生きていたし、現在も受け継がれている。家柄、血筋で皇族が特権階級として登場し、それを未来永劫に渡って受け継ぐこと。雅子の妊娠が「おめでたい」というのはそういう意味なのだ。
その意味で、天皇制が存続するキャンペーンが大々的に行われることが、他の解放運動と同様に、部落解放運動にとっても大きな打撃となることは明らかだ。ナショナリズム、天皇制が跋扈するこのご時世に「部落差別」を考える上映会ができたことは大変貴重だと思った。 (上原権兵衛)