写真館
*多少コメントがずれて表示されるかも・・・。ご了承ください!
*兄、義治 7歳 正 3歳・・・・。 *兄、義治 11歳 正 7歳兄義治人
時は昭和45年、小学1年生・・・2月・・・二人の兄弟は湯の丸高原スキー場ではじめてスキーを履く。
正は足を捻挫し、『もうスキーなんか一生やるもんか・・・!』と心に誓ったのである・・・・・・。
それから30年の年月が流れた・・・・・。
昭和55年
そ初めてのスキーから10年・・・、スキーの面白さに魅せられ徐々にはまっていく。中学まではシーズン10日は確保したものの高校ではバレーボールに明け暮れ、滑走日数は数日となる。今思えばここで真剣に打ち込むべきであった・・・・。

17歳、菅平にて・・・。DESCENTE / US SKI TEAM モデルできめてます。
昭和58年 〜 61年
日本体育大学に進学後、真剣に取り組むようになる。基礎スキー同好会もしくはデモ同好会に入っていれば人生変わったかもしれない。3年・・・ヴィクトリアでバイト、4年冬・・・苗場プリンスホテルスキー学校でアシスタントとして入山する。ここで真剣に基礎スキーに打ち込むみ、栂池でのスキー実習で晴れて1級を取得・・・。
*流行りました、ミズノブルーインパルス モデル *1年2月 悪友たちと志賀高原ジャイアントにて・・・。 *2年12月、北海道ニセコでのスキー実習。

*2年2月、野沢温泉にて・・・。 *戸狩スキー場にて・・・、初めてのオリジナルオーダー! *3年冬、 尾瀬岩倉にての合宿。
*ヴィクトリアでは主金具取り付け、チューンを担当。当時ロシ4S、3G アトミックARCなどが売れ筋でした。 国産ではニシザワのボロン
など・・・。この時の経験は今でも生きてます。
昭和62年
大学卒業後帰郷、教員採用試験不採用が決定後再び上京。ヴィクトリアにてバイト生活が始まる。冬は苗場にてアシスタントとして入山。さまざまな人と出会い「人生」について学ぶ。4月より帰郷、丸子実業高校に非常勤講師として勤務・・・、週3日の勤務日以外は菅平・軽井沢に通う。ひたすら個人トレーニング・・・、兄と共にコブ斜面の克服に燃えた時代。ビデオで撮った自分の滑りとデモの滑りを比較してイメージトレーニングの毎日。

*谷川岳天神平にて・・・・ *苗場での寮生活・・・。2日酔いで出勤不能もしばしば! *超悪友の外谷場雄介・・・、彼も2シーズン目の入山。
昭和63年
3月、勢いで受けたらテクニカルに合格。最高峰クラウン合格を目指し、兄と共に北へ東へ・・・。

*車山高原スキー場にて・・・。 *兄と共に志賀・丸池Aでの修行 *八方での本選観戦・・・!
平成元年
1月、「天皇陛下下血・・・」のニュースが流れる中、ゲンのいい軽井沢にてクラウンを受験・・・。壁は厚く3点及ばず不合格に。3月 鹿島槍にて再度チャレンジ。ステップで73、ウエーデルンで72を叩き出し晴れてクラウンを取得。

*八方での89 本選にて、 斎木 隆氏と・・・・。 *学校指導者講習会にて小熊恵一氏と・・・。*7月 乗鞍サロモン合宿にて・・・、宮崎友見子DEMOと・・・。

*当時、SKINOWで活躍の面々・・・。 *夏 乗鞍 創設間もないスキー部。SAJ DEMO 中村英知も(下左)
平成2年
この年の10月から甲信越予選出場のため木曽福島スキークラブに所属することとなる。
*夏の乗鞍キャンプ・・・。 新鋭 栗屋真介も入学。 *野沢温泉主催の草大会にて・・・・、SAJブロック技術員 重野もまだ「ウブな・・・?」学生でした・・・。
平成3年
甲甲信越予選選への参戦元年、サロモン・モノコックをひっさげて意気揚揚と出場するがあえなく撃沈!甲信越の壁の厚さを痛感!
苦悩のスキー人生が始まる。

*奥田主任講師夫妻・利さんがサポートに来てくれました。 *福島のパトロール、中田氏下條氏と共に・・・! *中斜面ウエーデルン・・・!
*唯一ゲレシュプだけが76位・・・ 新和木曽駒スキー場のCMで・・・1日撮影してわずか3秒!!!
平成4年
準指導員を取得・・・。SAJ基礎スキー指導員としての人生がスタートする。この年より重野(現SAJブロック技術員)・林(義弟)が参戦、後にお互いライバル意識を持ちながらの切磋琢磨が続くこととなる。
*最強のスキー部、博樹SLで21位,惜しくもインターハイを逃がす! *戸隠での準資養成合宿・・・。

*石打での予選、まだまだあまい! *祐ちゃんも初出場! *菅平での準指検定・・・「小回り B」! *これまた懐かしい、「 スケ ・ステ 」
平成5年
甲信越予選3年目の挑戦・・・!今シーズンより下條・重野・林と共に県C指定選手として強化合宿に参加する。しかし結果は岩岳のハードなバーンに4人とも打ちのめされることとなる。また蔵王でのアニバーサリーは1番位として(以後定位置となる)出場・・・。奥田(現主任講師)・重野・林と共に本場で大ブレイク!自由演技総合15位に・・・。今や伝説と化している・・・・。また5月には結婚・・・。妻 和美と共に第2の人生をスタートさせる。

*祐ちゃんはスタート直前まで確認作業・・・! *高校同窓生 サッカー国体選手 佐藤光男も参戦!*「急斜面ウェーデルン・ベンディング系」

*4人4様に・・・・、熱き思いを持って予選突破に向けて全力投球・・・・、しかし決勝の壁は大きく立ちはだかる・・・・!
*4月のアニバーサリー・・・、4人の力が1つとなって・・・・限界スピードを遥かにオーバー!スキーのジャンプにおいて初めて人の頭を上から見
ることができた・・・。でも蔵王は遠かった。
*とりあえず宿に帰って「お疲れ様・・・!」 *5月 男 30にして身を固める・・・。 *8月 ニュージー上陸前の足慣らし
*Mt クックにて・・・、暖冬のため雪不足。 *真冬なのに下界は花が咲いてる・・・、不思議な島。 *地元スキー学校スタッフと・・・。
*「ハリス・マウンテン社」のへリスキーを・・・。 *ガイドのステュー・・・と地頂上にて・・・。 *待ってました、この瞬間!SKI NOW ・・・!

*この斜面が延々と続くのです・・・! *ひねりを2回加えた「バンジージャンプ」 *さて私はどこでしょう・・・・?
平成6年
このシーズンより県C指定選手として2年目・・・。甲信越予選、会場は上越国際スキー場・・・。恐怖の1枚バーン「大別当」が我々選手の前に立ちはだかる。またアニバーサリーは北海道・朝里川で開催。バブルがはじける前だったのでなんとか出場させていただきました。しかし前夜の夜遊びがたたり平凡な成績に終わる・・・。

*下条 計忠 この年をもって現役引退。 *「中斜面・不整地・小回り」・・・、コースオープンでさんざん滑らせておいて・・・、コブが育ち過ぎだ!
*蔵王での成績は伝説と化してかしてしまうのか・・・、宗教団体をほうふつさせるイメージトレーニングはスタート直前まで続く・・・・!
平成7年
甲信越予選、出場5年目にしてようやく予選の壁を突破!指導員検定も無事合格しハッピーなシーズンとなる。しかしアニバーサリーは構成に凝りすぎ依然として沈黙・・・・。やはり蔵王伝説は過去のものなのか・・・。

*規制など・・・、大幅な種目変更がなされた。予選109位で通過、準決勝総合103位。 *尾瀬岩倉にて・・・、本当にでかくていいスキー場!

*準資の時の記憶を呼び覚ましながら夏から取り組んだ学科勉強・・・。ほんと大学受験・教員採用試験以上に勉強しました。 No49は 加藤検定部長・・・!
*「お前ら・・・、いい加減結果を出せよ・・・!」 *はやり今年も「沈黙の艦隊」・・・でした! *夏よりローラーブレードを活用。
平成8年
予選会場は再び上越国際、魔の大別当が夢枕に立つ。当日の天候は低気圧の通過で雪・ガス・・・の大荒れ状態。挙句の果てには雷までなる始末・・・。リフトも止まったりで進行が大幅に遅れる。照明が灯る中の「総合滑降」・・・、義弟・林 祐彦曰く・・・『デモと勘違いしたんじゃないの・・・?』と言わせたほどの高得点(263点 総合36位)を叩き出し96位で予選通過!しかし準決勝では本来の力を見抜かれ総合124位に終わる。 アニバーサリーは大橋 輝彦が新メンバーとなり再び蔵王伝説にチャレンジ・・・!しかし富山県極楽坂スキー場でまたもや沈没。上層部では「参加打ち切り」の声もちらほら・・・。

*ガスと降雪の中での「大回り・規制」(左)・「総合滑降フリー」(右)・・・・。
*甲信越史上まれにみる超悪天候!午後には落雷が発生しリフトも停止状態に・・・。輝さんと大屋さんは700Mはゆうにある長嶺ゲレンデを歩いて上ったとか・・・。

*2月、妙高池の平にて・・・和美、松井さん・・指導員合格! *極楽坂アニバーサリー・・・・・・ *がんばってはいるんだけれどな〜。

*12月 熊の湯での教師協会研修会・・・。 お腹の中には未だ見ぬベービーが! *山林スキー部史上最弱のメンバー・・・、内4人は我がクラスの生徒・・・!
平成9年
カービングスキー時代到来!各メーカー共に R20 前後のスキーを売り出す。選別の結果サロモン・ネオビートに決定・・・!これが功を奏して浦佐での予選は94位で通過、しかし上越特有の湿雪に苦戦・・・、減速要素のスキーになってしまい総合117位に終わる。 アニバサーリーは再び蔵王大会・・・、いよいよ「伝説打破」かと思われたが平凡な成績で終わる。いよいよ参加打ち切りか・・・?!またこのシーズンより我がスクールにて長野県DEMOを招いてのフェスタを開催・・・、第1回目招待は渡辺一樹氏に・・・以後このフェスタは継続することとなる。また8月には長女が誕生・・・、公私にわたり充実したシーズンとなる。

*講習のまとめでは15人以上の生徒の名前、特徴、改善点などを完璧に指摘・・・!アシスタントについた我々も大いに勉強になりました・・・・。
*なぜか祐ちゃんのスタート時には雪が降る。 *カオル若旦那、輝さんも健闘・・・!*もっと攻めるべきだった不整地・小回り・・・、悔いが残る一本!
平成10年
前年度の成績により再度強化合宿に参加・・・、40名ほどの参加者の中で志鷹慎吾、渡辺一樹についでの長老に・・・、「木曽谷の渡部三郎・・・?」の名をほしいままにする。しかしカービング時代の波は加速して進み全体のレベルも更にアップ・・・、総合154位でおしくも予選落ちに終わる。唯一決勝に残った重野選手もこの大会を最後に現役引退・・・、ひとつの時代が終わる・・・。一方なんとか「蔵王伝説」を打破すべく臨んだアニバーサリー栂池大会。今回より新鋭 三上 誠が4番位として加入、豪快なジャンプを披露する。単純な中ターンの構成でまとめた結果総合21位に・・・、伝説は打ち破れなかったものの久々のブレイクとなった。総合コーチ奥田隆弘主任講師の眼にも一筋の涙が流れていたことも付け加えておこう・・・!
*久々の大ブレイクとなった自由演技・・・、この縦目のラインなかなか合わないのです・・・。 *久々の快進撃「TEAM 木曽福島}
平成11年
カービングスキーもほぼ定着したこのシーズン・・・三上 誠、高橋明子、山口千春などの新メンバーを加え予選突破に向けてチャレンジすることとなった。しかし現実派厳しく・・・、車山のハードなバーンで唯一三上が「整地大回り」にて67位を叩き出したのが救いで全員予選落ちとなる。個人的にも「体力の限界・・・?」を考え始めるが「小回り」において今までになかった何かをつかみ始める・・・・。アニバーサリーは「去年の再来を・・・」を合言葉に新鋭 野村晃宏をメンバーに加入、しかし世の中そ〜う甘くはなく平凡な成績に終わってしまった・・・!

*超不規則不整地・小回り *ちーも善戦しました。 *これからの期待のホープ 三上 誠 *君達・・・、来年の北海道は行けないのよ!
平成12年
スキーの長さが一気に短くなったこのシーズン、昨年掴んだ何かを試すべくサロモン3Vをひっさげてを八方尾根大会に臨む・・・。山口千春、そして最初で最後の出場となった故・半場敏忠とともに広大なバーンでのチャレンジであった。近年まれにみる好天の中、3Vにも助けられ小回りが好調・・・、種目別78位を叩き出す。結果総合139位で久々の決勝進出となる。決勝では黒菱での「不整地小回り」、男子DHスタートハウスから109までの限度を超えた「総合滑降な」どで叩きのめされながらも総合134位と予選順位を落とすことなく大会を終了した。なおこのシーズンのアニバーサリーは北海道ニセコでの開催であったため我がスクールは財政面から見送りとなった。

*柔らかい雪のために四苦八苦の大回り・・・・! *故半場敏忠も健闘してました・・・。 *ちーもこの大会を持って引退?
*79位を叩き出した「小回り・整地」 *黒菱のコブはきびし〜い!さすがに最後は「足にきた!」 *「スタート50mは直滑降・・・そりゃーないぜ!」
平成13年
暖冬で始まったこのシーズン、正月あたりから急に冷え始め中旬から大雪、大雪、大雪!史上まれにみる大雪で交通関係をはじめ麻痺状態に。21世紀初の甲信越予選、新規参戦 石橋、橋渡を加え池田・三上の4名が岩岳の「西山」の壁にチャレンジ!・・・・が健闘空しく全員予選落ちとなる。

*12月 八方会場での指導員研修会・・・・。 *これからが楽しみな若手3人衆・・・。予選落ちはしたものの随所で持ち前のポテンシャルを発揮!

*「中斜面・不整地・小回り」 135位 * 「総合滑降」 140位 *「急斜面・整地・小回り」 180位 *「中斜面・整地・大回り」 154位
平成14年
若手の台頭もありもはや引退か・・・・と騒がれたこの年、なんと若手4名は諸事情により不参加となる。代わりに「花の38年組」の親和校事務長三澤が参戦!また仕山口千春も再度チャレンジとなり新潟は苗場スキー場にて激戦を繰り広げた。昨年の不調を打破しで予選を108位で決勝進出!結果114位で終わる!完全燃焼した大会であった。また4月のアニバーサリーはまたしても野沢温泉にて開催!昨年ルール改正により今年も混合チームを編成!池田・重野・加藤・山下による最強メンバーで臨むが結果平凡な成績に終わる・・・・しかしお祭りムードがあり楽しい大会であった。

*「中斜面・不整地・小回り」 75位 *決勝 「大回り」 びびりました! *決勝を終えて 三澤・山口と・・・・・・・ *予選はすべて豪雪の中・・・・

池田、重野のカービングレース・・・・・・・! *「おや・・・まこさん・・・・フサフサだ〜! 日陰ゲレンデはまだまだ滑れます!
平成15年
昨年の苗場での調子を維持して甲信越に挑む。開催地 戸隠の大会バーンは昨年の苗場に匹敵するほどのタフなものであった。種目別には二桁には入らなかったものの132位で予選を通過!しかし決勝の更にハードなバーンには歯が立たず141位と順位を落として大会を終えた。春のアニバーサリーは時代の流れで名称も「スノーサミット」と改名・・・・同時に4人編成の「熱い戦い」は幕を閉じお祭りムード満載のペアー競技となった。これを機会にアニバーサリーから引退する。
心強いサポート ジン・・・・ 共に戦った三澤選手
予選 大回り 整地 129位 予選 小回り 整地 138位 決勝 小回り 不整地 136位

決勝 大回り 整地 152位 三澤選手 総合 209位
平成16年
長野県高校アルペン委員として2月インターハイに出向!北の大地 北海道 旭川にて。その任務を果たす。長年出場してきた甲信越予選は日程がバッディングしてしまったため涙を飲んで不出場に・・・・。2月長年共に研磨してきた実兄が準指導員にチャレンジ!サポートとして鹿島槍に遠征。兄の合格を共に分かち合った・・・。プライズテストでは甲信越に不出場の鬱憤を晴らすべく受験者と共に果敢にアタック!!!その後もスクール同胞たちと遠征し技術を研磨する日々であった・・・・。
2月・・・インターハイ 旭川にて・・・・・・・ プライズテスト 60名と共に滑りきる・・・・ハードなBコースの不整地・・・・・・
長年のパートナー・・・・兄も準指導員 に合格! 準指導員検定 終了後も兄と研修会 4月・・・・・兄と共に 五竜とおみにて修行・・・・
平成17年
SAJ主任講師研修会にてシーズンイン・・・・暖冬の影響で年明けから本格的な滑走ができた。1年のブランクをおいての甲信越予選・・・・栂池スキー場にて開催されたが寒波の襲来で予選6種目中大回り系3種目がキャンセルとなる。初日善戦し150位につけたが2日目仕事の関係でDS・・・・消化不良で終わる。初参戦の加藤選手も2日目の大回りで大転倒し負傷・・・苦いデビューとなった。改めて「甲信越は荒れる!!!」の言い伝えを思い知る。気持ちを切り替えA級検定員を取得するべく赤倉に・・・加藤氏と共に学科に苦戦しつつも何とか合格!3月のプライズテストでは初のジャッジを務める。
12月の主任教師研修会・・・・・本当に日々小春日和でした・・・・・ 荒れる甲信越予選・・・・・・・・・・・・・・・気力はあるのだが・・・・・・・もlはや限界か????
加藤選手・・・・・これからが勝負です!来年の苗場でブレイクしよう! 着々とj総合順位を上げてきている三澤選手 連日豪雪の栂池スキー場 荒れています!
長年共に資格を取得してきた加藤検定部長・・・学科は二人で 「やばい・・・・」を連発! シビアな目で見させていただいたプライズテスト
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